ホーム > 神様と出会った体験のお話

澤田郁子

 

 

私は2008年秋に旧会堂でバプテスマを受けました。祖母と父はカトリックの洗礼を受けておりましたが、祖母とは遠く離れて暮らしていたこと、父は幼児洗礼だったため神様と個人的な結びつきは弱く、クリスチャンとしての教えを受けることはありませんでした。私が自分の聖書を持ったのはミッション系の中学校へ入学した年でしたが、毎日の礼拝も毎週の聖書の授業も退屈で、今思えばなんともったいないことをしていたのかと悔やまれます。もともと病弱で入退院の多い子ども時代でした。厳しい治療をともに耐えた大切な友人たちが成人式を迎えることなく先に逝き、自分だけ生き残っていることが後ろめたく、神様はなんと不公平なのだろうと的外れな怒りを内に溜めていました。ちょっとしたことで不平不満を口にする、健康そのものの同級生たちを心の中でバカにしていました。

結婚して二人の娘たちに恵まれましたが、下の娘が生まれて半年過ぎたころ、私はだんだん具合の悪さが表に出てくるようになりました。それまでは、闘病も受験も仕事も、努力と我慢だけでなんとかしのいできましたが、ここに来て、「不眠不休の育児を、実家と夫に頼らずたった一人で乗り切る」という最難関のミッションにぶちあたり、自分の思い描くようにはまったくはかどらない現実に、どんどん自信とやる気を失っていきました。気づけば、スーパーで買い物をするときに小銭を数えることもできなくなっていました。区の保健師さんの紹介で診ていただいた神経内科で「投薬が必要な育児うつ」と診断されました。

そんな中、治療中ではありましたが都内からここ登戸に引っ越すことになりました。引っ越し直後のある冬の日に、郵便局の帰り道、教会があるのが目に入りました。旧会堂のドアのインターホンを押すと、中から優しそうなご婦人が現れ、いきなり訪ねた私を温かく迎えてくれました。それがクリスティーンです。引っ越してきたばかりであること、育児うつで治療中であること、子育てが辛いことなど、初対面なのにいろいろお話を聴いてもらい、そのときクリスティーンに「よくここまでがんばってきましたね」と言われ、すーっと胸のつかえがおりたことを今でも印象深く覚えています。

その出会いからバプテスマまでさらに二年の時間が必要で、神様はなんと忍耐強いお方かと驚くばかりです。礼拝のメッセージや基礎勉強会を通して、私の罪のためイエス様を十字架につけてくださり、私が神様に近づくことができるようにしてくださった、という聖書の真理がだんだんわかってきました。

「また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」ということはできません」(汽灰螢鵐12章3節)とあるように、イエス様を心にお迎えすることすら、聖霊様の助け無くして実現しませんでした。バプテスマの数か月後、ジェイキッズの幼稚科をお手伝いすることになり、現在は小学科でユースのみなさんに混じっておばさんスタッフとして上がらない足を一生懸命上げようとしています。以前ティム牧師が、「仕えることで癒される」体験をお話くださいましたが、実感としてよくわかります。働いているうちに、気づけば嫌いだった自分を好きになり、自分を好きになると価値観の違う人を認められるようになり、その違いが腑に落ちると周囲から愛されるようになり、ますます神様に感謝する、というサイクルの中に入ります。

ありのままの自分を愛してくれる家族とセルメンバーに恵まれ、「自分は足りない者である」と受け入れられるようになります。一方で、「足りない者ではあるが、その足りないままで御前に出る」ことを良しとしてくださる神様を知ります。

わたしのめぐみは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちにかんぜんにあらわれるからである。(競灰螢鵐12章9節)

このみ言葉は常に私が握りしめているみ言葉です。神様を知る旅は、まだまだ続きます。