「キリストとともに」

H.A.

 私は、1950年、栃木県日光市の近くで6人兄弟の末っ子として生まれました。実家は真言宗、ほとんど興味がありませんでした。
 小学校の頃、千葉の幕張海岸に潮干狩りに行き、初めて海を見ました。その時の感動は今でも忘れられません。いつか海の見える所で暮らしたい。その思いを胸に秘め勉学に励んできました。
 18才で念願かなって、鎌倉の寮に移り住みました。最初の職場がカトリック系でしたので、ミサ・バザー・ボランティア活動などに積極的に関わってきました。でも洗礼は受けませんでした。受けるとエリート意識を持ち、他人を見下す人を多く見てきたからです。
 事情あって数年で退職しましたが、次の会社では1日12時間以上勤務、休日は年間で10日位。心身共に疲弊し、心療内科で「燃え尽き症候群」と診断され、勤務継続が困難になりました。そして今まで10数年コツコツと貯めたお金をすべて遊興費に使い果たしてしまいました。
 当時、私の心の中はすさみ、神などいない、信じられるのは自分だけだと勝手に思いこみ、投げやりが日々を送っていました。感覚がマヒし、自分をコントロールできませんでした。まるで糸の切れた風船のようにあぶなかしい状態でした。お金がなくなるとバイト、また遊びの繰り返し、最後には車まで手離し、サウナに泊まりこみながら日雇いのバイトでその日をしのぐまでに堕落してしまいました。
 43才の頃、黄だんが出て緊急入院、危篤状態になりながら約1年間入院しました。このあとも糖尿病・肝疾患(難病の疑い)などあらゆる病気に苦しみました。絶望のあまり、睡眠薬を大量に飲んで救急車で搬送されたこともあります。それでもかすかな光を求めてカトリック教会に救いを求めましたが、心の中は満たされませんでした。
 昨年ある人に「マリアさんもただの人」と言われ、言葉を失いました。その時初めて気がつきました。仏教徒が観音信仰するように、ただ偶像礼拝をしていただけだと。
 そして散歩の途中、登戸エクレシア教会の看板を見かけ、思いきってドアを叩きました。目の前にはふれんばかりの笑顔と親切で思いやりのある方達がいました、みすぼらしい服装とやつれきったほお、トボトボと歩いている見知らぬ他人にもかかわらず。泣きました。うれし泣きです。
 礼拝は信仰=罪ゼロのプラス思考、新鮮な教えでした。罪の意識からマイナス思考、病気がよけいに悪くなるパターンを根本的に改める本当の信仰を初心者マークで出直しました。最も重要なのはイエス・キリストが全人類のすべての罪を背負って十字架にかけられたことにより、私達の罪のすべてが赦され永遠の命を受けることです。
 私はすでにキリストの内にあって、もうすでに栄光を与えらえているのです。もうすでに天の御国にいて、そして神の右側に座っており、全ての敵に対して全く、そして完全な勝利の立場にもうすでにいるのです。
 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま、私がこの世に生きているのは、私を愛し、私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。確信しています。
 私は昨年まで本当の信仰とは何か、苦悶し続けました。そんな私を神様が登戸エクレシア教会に導いてくださったことに心より感謝します。そして病気に苦しむ人に訴えます。今、何も恐くはありません。感動の嵐の中にいます。キリスト・イエスが私の内にあられると心の底から確信しています。今まで何十年も内向きな考えをしていました。罪悪感ばかりでした。でも本当の信仰を受け入れながら生活していくと、神のみことばによって大きな祝福が与えらえると心の底から感じています。これからは幼な子に戻っていつも夢と希望を抱き神様への奉仕をしていきたいと思います。

2011.4.29