<私の過去の生き方>

私は、長い年月自分の気持ちを大切にせず、本当の自分に向きあうことを恐れて生きていま した。様々な出来事、体験を通じて、次第に生きづらさを感じるようになり、たびたび自分 の心が縛られるような窮屈さを感じるようになりました。嬉しいことも、楽しいことも沢山 ありましたが、それは一時的で、引っ越しや転職も気分転換になりましたが、問題の解決に はなりませんでした。私は、早急な答えを求めるあまり感情がマヒし、自分の考えを人に押 し付け、困難な場面になると自分の責任を放棄するなどし、今を受け入れること避け続けて いました。心の内は恥、圧迫感、罪責感、不安感でいら立ち揺れ動き、浪費、アルコールへ の依存、人に支配的に振る舞う癖、夜更かしや、仕事や遊びを限度を超えてしすぎたり、体 も心も傷つけることをやめませんでした。ある習慣には中毒的となり、むなしいのに何十年 もやめず、状況が悪くなると別の熱中することを見つけてその場をごまかし、またみじめに なるという繰り返しでした。私は神様との関係はありませんでした。

<救い>

私は、ゴスペルの歌との出会いを通じ、神様であるイエス様がゴスペルの中心にいると知り ました。自分の人生にも、永遠のいのちを下さる‘救い主イエスさま’が必要かもしれない、 と考えるようになり、過去のしてきた出来事や傷ついた経験、思い出したくない人々や状況 が浮かび、心が揺さぶられました。イエス様の十字架での死は、私のこれまでのすべての罪 ・過ちをきれいさっぱり洗い流すための身代わりの死だと知って、その後3日後によみがえ ったイエス様を、自分の救い主と信じ、永遠の命を受取りました。

<私の新しい生き方>

私は、教会につながり、新しい人生がはじまり、聖書を読んだり、祈ったり、同じ神様を信 じている教会の仲間たちと共に色々なときを過ごすようになりました。 そして少しずつ、過去の痛みや、恥、絶望の経験、打ちのめされた出来事や、喜びや希望 を、イエス様に、そして安心できる関係の中で、正直に打ち明けるようになってきました。 私の話を、安心できる仲間たちに一方的に聴いてもらうことを繰り返していくうちに、不思 議と自分が感じている偽りのない気持ちに気づかされつつあります。そして私のために十字 架の上で犠牲になった神様は、このままの私を100%受け入れて、私の人生を引き受けてく ださっていることを、次第に確信するようになってきたのです。以前の私は、自分を大切 にせず本心を偽りごまかし、仮面をかぶりお愛想笑いでその場を濁すことが得意でした。状 況が悪くなれば、人に八つ当たりをし、回りのせいにし、自分を責め、逃避を繰り返しまし た。今では、そのような自分の生き方のパターンを認めて、痛みや傷だらけのありのまま自 分、その私を神様は愛してくださっているという事実を受け入り続けています。

自分を自然に受け入れられると、私は神様からしか得られない平和があることを知りまし た。相変わらず思い悩み、余計な心配をしすぎて苦しくなることも日々ありますが、これま で感じたことのなかった喜びや安心の中で安らぐことも体験しつつあります。たくさんの欠 けやヒビがある私ですが、このままの今の姿の私を愛して、私の人生をみちびいて永遠に生 きている神様がいるのだから、その方を信頼しながら、これからも一生かけて付き合ってい きたいと、新しい気持ちで日々願っています。

2012 Junko