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バプテスマでの証

 Keita

 

僕が教会に行き始めたのは4年ぐらい前の僕が10歳ぐらいのときでした。母が友人にゴスペルに誘われ教会に行き始めそれについていったという感じです。
当然、大人の礼拝の内容が理解できるハズもないので教会でやっているJ-KIDSという日曜学校の方へ行っていました。
そこでは、聖書の話を聞くというよりそこでやっているゲームの方を目当てにしていっていました。そのゲームで勝つとそこでしか使えない専用の貨幣が貰えて、J-KIDSのショップで買い物ができるからです。
だから、その当時は神様の存在は確信してはいませんでした。でも、教会に行くにつれてなんとなく「神様っているのかもなぁ」と考えるようになりました。
そんなある日6年生から中学生に上がる頃に友達から「お前なんで日曜日遊べねーの?」と聞いてきたので「教会に行ってるからだよ」と答えると友人は「教会なんて行ってるの?だっせーwww」と非難してきました。
ちょうど2〜3年ぐらいまえはいじめの話が深刻視されていたので「教会に行ってるって理由だけでいじめられるのでは・・・?」ととっても不安な気持ちになりました。
その時に考え付いた方法は【教会に行かない】でした。
その時に神様にお祈りをすれば最善の策が用意されたかもしれませんが、当時の僕にはこれしか思いつきませんでした。
その事を母に言うと「もうじき中学生の祝福式があるからそれに出てから決めなさい」と言われました。
その祝福式の日を迎えた朝は日曜日に友人と遊べる嬉しさと教会に行かなくていいのかという気持ちが混じった何とも複雑な気持ちでした。
その式の時に牧師のティムさんや副牧師のヤスさんをはじめとした多くの人が中学生の為に祈ってくれました。
みんな涙を流しながら「教会から離れませんように」と祈っている姿を見たら、教会から離れようとしている自分が情けなく見えてどうしようもありませんでした。式が終わった後に僕は教会から離れないで生きていくことを決めました。
その式が終わり、信仰心が燃えているときに両親から「インドに行くことになった」言われました。
日本を離れたくない気持ちと登戸の教会から離れたくない気持ちが強く最初は自分だけでも残ると意地を張っていました。
インドは三食カレーで蛇口からカレーが出てきてそれで手をすすいだり顔を洗ったりすると聞いていたので、とても行く気にはなれませんでした。
そんなある日お父さんに「埼玉の田舎とインドの都会、どっちに住みたい?」と聞かれました。お父さんの実家はそれはスゴい田舎なので僕はインドの都会を選びました。
住んでるのはムンバイでインドの商業都市だそうです。都会と言っても東京ほど都会ではありません。
 僕は当然インドでも教会に行くつもりでいたし、近くに教会もありましたがその教会はカトリックのものでした。カトリックとプロテスタントの関係がよくわからないのでそこの教会には行きませんでした。だけど、ほとんどの教会がカトリックのものでプロテスタントの教会はまだ見つかっていません。
教会に行けなくても聖書ぐらいなら読めるだろうと思っていたけれど、インドの日本人学校で出る宿題の量が半端ないので、宿題をするだけで一日が終わってしまうといった感じで聖書を開く時間が半年弱ありました。インドでの生活に慣れていくにつれ、自由な時間も増えましたが、一度読まなくなった聖書はもう読みませんでした。
キリストから離れていた今年の四月ぐらいにこの前参加した緑野教会主催のキャンプの知らせがお母さんのところに届きました。そしてお母さんに「教会の主催するキャンプに行ってみない?」と言われました。面倒臭がりで出不精の僕は行きたくありませんでしたが、お母さんの無言の圧力に威圧されしょうがなくいくことにしました。
だけど、このキャンプが僕に神様の存在を確信させ再び信仰することのキッカケになったものでした。
そのキャンプはとっても楽しかったです。
ですが、初日は最悪でした。キャンプがじゃなく僕の気持ちが最悪でした。お母さんが日にちを間違えてキャンプの前日に日本入りしたからです。時差云々で朝がつらいし、それで電車を乗り継いでキャンプ場の麓まで行く最中には仮病を使って中退しようとも思いました。
それに、賛美中の周りのみんなのノリについていけませんでした。
歌も聞いたことないし音が合わないしで散々でした。
でも、周りの皆を見ていたら「壁に持たれてる俺の方が浮いてね?」と思いはじめみんながやっていたから飛び跳ねて歌いました。
キャンプでのメッセージのテーマは【正しいプライドを持つ】でした。
二日目のメッセージの中で「みんながやってるからやるということは判断材料にはなるけど自分のためにはならない」という様なことを言っていたので「俺のことじゃね?」とおどおどしながら聞いていました。
そのメッセージを聞いた後にみんなのノリに合わせて賛美するんじゃなくて自分から進んで賛美しようと決めました。
その日の御言葉がローマの1章16節にある「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じる全ての人にとって、救いを得させる神の力です。」この言葉を聞くまで僕はクリスチャンであることが何故か恥ずかしかったのでレストランや人前でのお祈りは避けてきました。
でも、この言葉を聞いたら自分がイエス・キリストを信じていて恥じることは何もないとわかり、神様によって救われるということが改めて実感させられました。僕の信仰心に火がついて、何か力がみなぎってきて、賛美することがとても楽しくなりました。
でも、僕の中には一つの不安がありました。
それは「教会に行けないインドでもこの信仰心を保てるか?」ということでした。
別の日のメッセージが終わった後グループのリーダーの慧くんと分かち合いをした時に言ってみたら、慧くんはとても簡単だけど大事なことを教えてくれました。
それは「毎日聖書を読むことと賛美をする」ということです。皆さんにとっては当たり前かもしれませんが僕には結構大変なことです。毎日ではありませんがある程度聖書を読んでいます。
これをインドでも継続させて行こうと思います。
そんな今の目標はお父さんと恵みと愛に飢えていそうなインド人にもイエス・キリストの教えを広めていくことです。
最後に、僕を教会に連れていってくれたお母さんを始めとした僕の為に祈ってくれていた人たちに感謝したいです。