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セレブレートリカバリー体験

 

kazuyo

 

 
私は、対人恐怖と引きこもりの問題と戦っているクリスチャンです。
10年ほど前、私はゴスペルを通して神様と出会いました。当時、長男は3歳半、娘は生後半年でしたが、私は毎日いろいろなところへ出かけていました。料理教 室やパン作り、ヨガや親子体操、抱っこ法や子育ての学び、パステル画。教会に通うようになってから は、さらに小グループの学びや交わり、様々なイベントでの奉仕活動など。スケジュール帳は、いつで も予定がビッシリ書き込まれていました。
私には、クリスチャンになる前からの友人で、同じ時期にクリスチャンになった人が何人かいます。そ の友人達と共に、1年2年と教会生活を重ねるうちに、私は友人達と自分の違いに気づき始めました。友人達は神様との信頼関係が深まるにつれ、自分自身を活かす働きをしっかりと認識して活躍していま した。私自身は、いつでも自分から熱心に出かけていくにもかかわらず、いつもグッタリと疲れて帰ってきま した。礼拝のメッセージは私の頭の上を素通りし、聖書を読んでも御言葉が全く自分の中に入ってきま せんでした。自分は神様の為にどんな働きができるのか、自分はどんなことをしたいのか、全くわからず、人の為に 働けば働くほどむなしくなりました。友人達が健康的に歩んでいるのを見るたびに、私は、何かが、何処かが、間違っているのだと感じまし た。
そんな中で、私は鬱症状と引きこもりを発症しました。きっかけは娘の仲間はずれでした。娘が幼稚園の年中さんになった日から突然、それまで仲よしだった近所のリーダー格の子が娘を仲間は ずれにし始めました。その子の親は、現場を目撃しても「怒ると夜泣きするから」といってしつけませ んでした。幼稚園の先生方には、「クラス換えの緊張による一時的なもの」と言われましたが、激しい仲間はずれ は1年間続きました。その中で、私は、自分自身が仲間はずれにされているような感覚に陥り、悲しみと孤独感に苦しみまし た。
年長になると、一旦は収まりましたが、1年生になった9月、登下校時に再び、その子が娘を仲間はずれ にし始め、私は鬱と引きこもりになりました。
その子の家に面している雨戸を開けることが出来ず、うちの前での立ち話が気になり、近所の人たちと 顔を合わせるのが億劫になりました。中途半端に顔見知りの中にいることがものすごく苦痛で、学校や教会などにも出かけることができなく なりました。毎日、私の見えないところで娘が仲間はずれにされていのではないかと心配でたまらず、ストレスから 夜中に「食いしばり」をしていて、朝起きた時には体全体がぐったりと疲れていました。
友人の紹介で漢方の病院に通いつつ、また別の友人の紹介でカウンセリングも受け始めました。カウンセリングの中で、娘の仲間はずれは単なる発症のきっかけであって、原因は私の心の奥底にあっ た、小さい頃の人間関係からくる古い傷であったことを知りました。実際、仲間はずれの当事者である娘は、泣きながら帰宅することも度々ありましたが、その子がいない 所では他のお友達と楽しく過ごせてとても元気でした。娘は、物心ついた時から教会学校に通い、自分は神様や神様の家族に愛されているということをちゃん と知っていたので、仲間はずれにされても娘の心は完全に潰れてしまうことがないのでした。
カウンセリングを始めて丁度半年経ったころ、新しく始まったリカバリーのクラスに参加し始めました 。この教会で初めてのリカバリーのクラスが始まった時には、参加する勇気がありませんでしたが、心と 体にはっきりとした症状が現れたことで、自分には回復が必要だと理解し、行動に移すことができまし た。また、前回のリカバリーを終了した友人が、自分を活かして働くことの出来る場所を見つけ、リカバリ ー前とは別人のように活き活きとしていることも、リカバリーへの大きな期待につながりました。
毎週2時間、テキストに従って分かち合いながら、自分自身が抱えている問題について理解を深めてい きました。自分も人も神様をも信頼することができず、いつも人の意見に左右され、人に対する恐れと緊張のゆえ に疲労困憊するというパターンでした。
リカバリーの4冊のテキストのうち、今は3冊目が終ったところですが、私は、今でも体調や気分によっ て、外出できない日があります。娘が近所のお友達と遊んでいる時にものすごく不安になることもあり ます。中には見かけるだけで緊張する人もいます。「食いしばり」もまだあり、朝すっきり目覚めるこ とがありません。私の対人恐怖との戦いは、現在進行形です。
でも、リカバリーを始めたばかりの頃と今の私では明らかに違うことが2つあります。一つは、人を恐 れている弱い自分を受容できるようになった事、もう一つは、回復について「時間はかかるけれど必ず 回復する」という確信を持てるようになった事です。
また、回復に対する考え方も変りました。リカバリーを始めたばかりの頃は、変身モノのヒーローよろしく一瞬にして完全になる日を夢見つつ、 「本当に回復できるのだろうか」という不安と焦りに苦しみ、朝起きた時にあごが痛いほどの「食いし ばり」をした時期もありました。でも、人間はこの世に生きている間に完全になることもなく、自分の力で回復することも出来ません。 回復は、「回復したい」と言う気持ちを取り扱ってくださる神様の御業によるものであり、回復の道は 天国に行く日まで続きます。
昨年9月から始まった9時礼拝での賛美奉仕のお話を頂き、神様の導きと信じてお引き受けしました。お かげで毎週礼拝に出席できるようになり、メッセンジャーを通して神様が私の心に語りかけてくださる ようになりました。また、私自身の変化を、息子を通しても体験しています。学習障害を持つ息子は、私のストレスの照準 となっていた為か、夜寝ている時でも全身に力が入って硬直していましたが、最近は随分力が抜けてい るようになって来ました。カウンセリングには、今はもう行っていません。リカバリーを通して、私自身を受容し、慰め、共に祈 ってくれる仲間達を得たからです。カウンセラーはお金を払わなければそれで関係は終わりですが、リ カバリーを理解し支えてくれる仲間は天国に行くまで共に歩んで行く事が出来ます。
「二人はひとりよりもまさっている。二人の方が効果的に働けるからだ。どちらかが倒れても、もう一 人が助けることが出来る。しかし、もし一人しかいなかったら、誰が助けてくれるだろうか。一人では 打ち負かされてしまう相手でも、ふたりなら立ち向かうことが出来る」伝道者の書4:9-12 リカバリーを通して、回復の為の神様の導きと仲間を得ることができました。心から感謝します。引き 続き、回復を目指して歩んでいきたいと思います。