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神の愛による和解 〜天国に父を見送って〜

毛利純子

 

本日は皆さま、父の前夜式にご参列くださいまして、ありがとうございます。
私は長女の純子です。これから私の知っている父のことや、いろいろなことを通しての私自身の心の変化などについて、皆様に20分ほどお分かちしたいと思います。
私は、実家の不動産屋を、昨年廃業するまでの8年間手伝っていました。
8年間といっても、最初の頃は気ままに行ったり行かなかったりという形でしたが、その中で、父親でもあり、社長でもある父と多くの時間を共有してきました。
事務所の中や、二人で仕事の現場に車出向いたり・・一緒に過ごす時間通して、父の人格にふれ、誠実で尊敬できる部分をみてきました。父ならではの人とのコミュニケーションのとり方や、心の話をしたり聞いたりするのが好きだったところ、繊細な部分。ときには、詳しくは私にはわかりませんが、困難やさまざまなことから葛藤している色々な面、また人生の話しを聞くことを通して、ありのままの姿にふれる機会がありました。家族を守ろうとする父なりの考えにふれたことも、娘としてとても貴重で大切にしたい思い出です。
私は、仕事上の意見の衝突や、またそのことで父と親子喧嘩をすることもよくあり、私の心の乏しさからぶつかりあったことが数え切れないほどありましたが、父なりのやりかたで真剣に向き合おうとしてくれました。たくさん会話する中でお互いの心の内を知りあい、私は自分の未熟さと問題点にもきづかされました。私にとって一歩一歩父との関係が深まるためには、こういう本音のぶつかりあいも必要だったのかな、と感じています。質の濃い親子体験ができたことを神様に感謝にしています。
私は、自分の思い通りにならないことで、自分の価値観をおしつけたり、父や周りの人たちを傷つけたり悲しませる言葉や態度をたくさんしてきました。なんとかこの気持ちをわかってほしいと自分なりに身につけてきた方法で心の隙間を満たそうと、必死にもがいてきました。でも、聖書の神様と出会ってから、自分の不健全な心や、心の葛藤について気づかされつつあります。一歩一歩よくなりつづけている回復の過程で、いろいろなことがありますが、天のお父さんである神様はどんなときでもありのままの私を愛してくれている、ことに感謝しています。
4年前、父は重症肺炎がきっかけで大きな心の変化があったようですが、その前から、事務所で二人になると、私に聖書の神様のことを聞いてくることがたびたびありました。私は父にイエス様の話をするのが大好きでしたので、イエス様がどんなに私たちのことを愛しておられるか、神であるイエス様が十字架にかかり、身代わりになって死なれたのは私たちを永遠の刑罰から救うためであること、聖書に書いてある希望や真理について私たちは大いにディスカッションし、会話がはずみ、ときには話題がそれて喧嘩なることもありましたが、それもいい思い出です。
父がイエス様に興味を持つきっかけは、ミッションスクールにいっていた弟(私のおじ)がもっていた「聖書」だったそうです。そして、クリスマスが近づくと「M(叔父)はこんな歌を口ずさんでいたんだ」と覚えている賛美歌のフレーズを歌ってくれ、「学校の聖書の時間は、イエス様をほめていればいい点がもらえるんだ」と話してくれたことなどを、うれしそうに教えてくれました。
身体が弱くて入院したり、仕事をし始め独立してからは、仕事に必死だった時代もあり、聖書を読んだり教会に行ったりすることは考えなかったそうですが、心の奥には、何かをもし信じるならキリストと思っていたそうです。
父はイエス様を信じて「永遠のいのち」をプレゼントとして受取りました。
そのことを皆の前に公にし、お祝いをするバプテスマ(洗礼式)が今月決まっていました。父はそのときに自分の人生に起こったことを話する機会を心から楽しみにしていました。
こんなことやあんなことを話したいと、私に説明してくれたことを分かち合いたいと思います。
2002年5月26日
父は、母と教会主催の食事会に行ったときに、教会の一人の男性が話しした内容で「心の栄養が必要だ」ということばに「ハッ、と気づかされた」そうです。
私は、その翌日「・・あの短い言葉で本当に楽な気持ちになった。心の栄養が必要・・昨日はよかった。感謝する。今朝の父さんの顔ははればれとしているだろう!?」と嬉しそうに分かち合ってくれたことを覚えています。
 
その翌日2002年5月28日 父は重症肺炎で緊急入院
神様が助けてくださり、お医者様も驚くほどの、奇跡的な回復がありました。
退院前のベッドにて「生きるか死ぬか、自分の力では到底何もできないんだなあ、神が支配しているんだなあ」と分かち合ってくれたのが心に残っています。
 
2003年10月11日 13時
事務所にいた私に、父から内線電話がありました。そのときのことは、本当によく覚えています。今から3年前のことです。「今までイエス様に悪いことをたくさんしてきたのでそのことを(イエス様に)謝りたい。一緒にお祈りして欲しい」とのこと。
そしてこのようなことを私に話しました。
「最近の私はお酒に逃げていた。毎日何の変化もない生活を送っていて、そのことから逃げるように。何の解決にもならないということがわかっていてもお酒に頼っていた。前夜会ったSさん(父の後輩)に「(重症肺炎での緊急入院から)今までの1年4ヶ月、誰が一緒にいてくれたんだ。誰が足をさすってくれたんだ!○○さんでもない、○○でもない・・。母ちゃんじゃないか!」Sさんを止めようとした人を振り払って「いや、俺はこのことを白井さんに言いたいんだ!」とSさんは止めなかったそうです。
父は(これはイエス様がいっているんだ。イエス様が自分に言っている。素直に聞こう。本当に神様ごめんなさい。神様の気持ちがよくわかった・・。)と心から思ったそうです。
父は続けて「退院して1年4ヶ月。最近は足腰も大夫よくなり、肩の痛みもなくなった。昔の仲間達とまた同じように酒も飲みたいとおもって、辛いリハビリをかんばってきた。そしてお酒も飲めるようになり(身体も)ここまで回復した。このことは本当に神様に感謝している。ここまでずっと一緒にいてくれて、励ましてくれたイエス様。でも、妻に対して心では感謝していても、悲しませるようなことをしてきた。こんな罪深い自分・・。こんなに弱くて罪だらけの自分に昨夜はっきりと気がついた。」といい、今朝、母に今までのことを謝ったことを、話してくれました。
Sさんの言葉は(イエス様が私に語ってくださった!!)と父は言っていました。また別の1人の友人から「白井さんはキリストを信じていていいなあ」と言われたこと、父は、私がその方に手紙か何かを送ったのだと思ったようですが、私はそんなことはしていないので、不思議そうにしていました。この日、イエス様が十字架の上で身代わりに死んでくださったので、今告白した祈りも、また過去の全ての過ちと罪をすべて赦されていることを祈り、アーメン!といいました。
 
翌年2004年10月18日 腎臓の病で約1ヶ月半入院。
退院後皆さまにあてた手紙より
『・・・・晩年になって病を通しての試練がありますが、これも主イエス・キリストの目的や意味があるのではと今回の入院を通して感じています。また私が神を信頼し委ねることを体験するための愛の訓練だったのではと思い、心から感謝しています。約1ヶ月半の入院生活も穏やかな心を保ち過ごすことができたのが不思議です。
 少しずつゆっくりと日常生活に馴染んでゆければと思っています。機会があればまたお会いできたらと思います。そのときを楽しみにしています。
 最後に、私がこの入院で日々励まされた聖書のことばです。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」第1コリント 10:13
皆さまとご家族の上に主イエス・キリストの祝福が豊かにありますように。白井資久 2004/10/18』
この入院では、聖書に書かれている神様の言葉が励みとなり、つらい検査にも耐えられたと、何回となく私たち家族に分かち合ってくれた父でした。
4年前の重症肺炎の後、身体の懸命のリハビリをして、また心も一歩一歩回復していく中で、「神が生かしてくれてたんだ」と口にするようになりました。そして一昨年、腎臓の病で入院したことがきっかけで、父は商売を辞めることを決心しました。「神は、この世で父さんにまだやることがあるから生かしてくださった。それが何だかわかったよ」と廃業の選択、そして時期を自分で選び、お世話になった方々へのお知らせや、1つ1つの手続きを父が見届けて、母とともにすごすことができたことなどを語っていました。
「天に召されるっていいことばだなあ。死ぬことが父さんは全然こわくないよ。イエス様のいる天国にいけるんだ」と穏やかで安らぎの表情で何回と私にわかちあってくれました。昨年、私たちの教会の子供が天国に旅立っていきました、父はその葬儀にぜひとも参列したいといいまして、終わった後に「本当にいい式だった、家族の話があって、賛美歌をうたって、神に祈って・・父さんもキリスト教の葬儀でやってほしい」と、自分はいつの日か天に召されていくことをはっきり確信していました。
2006年9月28日
私は、父と二人だけになる機会があり、これまでの人生のことで父に「ごめんなさい」と謝りました。
実は、私はこの数年前まで、父に面と向かって「おはよう」という挨拶さえもしませんでした。
でも「おはよう」といってみたら、だんだんなれてきて、次は「ありがとう」を自然に心から言
うようになりました。少しずつ私に心の態度の変化があり、つい最近、今までのことで父に、謝りたかったことをわかちあい「ごめんなさい」と正直にいったことが、とてもうれしいことでした。
私は謝ったあとに、本当にすっきりして、こんな簡単なことを何でしなかったんだろう、なんで
この一言がいいだせなかったのかと思いました。それほどまでに私の心が頑固でした。でもこのことを直接話しできたこともすべてのタイミングが「神様のとき」で、ここまでくる経過に深い意味があったのかな、とおもいます。本当によかったです。
今回、先週日曜の午前、病院からの連絡を受け、駆けつけ、母、主人と私、妹夫婦が、父の周りを囲み、また、牧師夫妻も駆けつけてくださり、その中で、今起きている状況を本当にしずかで、穏やかな心で受け入れながら、父が天に召されるときを体験しました。
この数年間、何か感じるごとに、死についてわかちあってくれました。「死はこわくないよ。父さんは、天にいる父、神様のところに帰っていくんだから」といいい、また、延命治療はしないでほしいということなどを、オープンに母や私たちに分かち合ってくれました。神様のときに、父がこの地上での生涯を終える瞬間を見送れたことも、よかったです。
私は静かに、賛美歌をうたいながら安らぎを感じていました、それは不思議な感覚でした。
あれから時間の経過とともに、いろいろなことが思い出され、涙しながらも、また皆様の存在をとおしても、またそれぞれの温かい心に触れ、たくさんの慰めを受け取りつづけています。
11月2日
ようやく遺影の写真をじっとみました。父が天に帰ってから、今日までの間にも、さまざまな方の存在を通して、父がどんな風に誠実に人と接していたか、父の本当のお父さんである神様が、どんな風に人生をみちびいてくださっていたか、生きていたかをしって慰められています。この世で生きている限り、悲しいことや苦しみや、時には苦難など人生には様々なことがあります。父の心にも誰にもいえない心の痛みや傷があったのかもしれない、でもだからこそ、子供のように、すべてのことをしっているイエス様を信じて「永遠の命」を受け取ったんだ、ということに気づかされました。
「天に召されるっていいことばだなあ。永遠の命をいただいて、イエス様のいる天国にいけるんだから」わかちあってくれた父。感謝の気持ちを表したり、ときには自分のあらためないといけないところを反省する姿もあり、父は自分の心の中にいるイエス様を感じていました。そして私は、父の表情や言葉をとおして、神様が本当におられるんだ、ということを改めて実感しました。父のイエス様を信じる信仰が、子供のように純粋で、その心の分かち合いを通して、私も癒されていきました。
父の手帳を見ると、毎日のささいなことが書かれていまして、特にこの1年間は時間のゆとりができ、母との旅行、ときには仲良く病院通いもありました。早朝の散歩が日課になり、友情をはぐくんだり、好きなカラオケや野球観戦を楽しみ、教会で知り合った神の家族とのふれあいや、季節の変化や目に見える自然の美しさをあじわったり、その時々の流れの中で、充実していた日々を送っていたことが改めてわかりました。
人々との出会いを楽しんだり、みなのやさしさに感謝したり、様々なつながりでうれしかったことなどが書かれていました。
本当に最近の父は、身体も元気ハツラツで、見るからに穏やかで、柔和な心が表情ににじみでていて、幸せの中にいることが感じられました。「父さんは純子に本当に感謝しているよ」と言ってくれたり、母にも直接、愛のことばや今までの感謝の心を正直に分かち合っていました。父の人生が出会いによって本当に最高な形で変えられたことが、私はとてもうれしいです。
父がこの場所からいなくなったことはとても寂しいです。もっと一緒にすごしたかったし、私の話を聞いてもらいたかったし、父の話もたくさん聞きたかったし、父の声や身体に触れたり、うれしいことをともに喜び、悲しいときはともに泣き、お互いの心の変化や感動したことを一緒にわかちあいたかった。父を愛していること、愛されていることをもっと具体的に伝えたかったです。でも、父が天に召された、その天国でまた会えるという約束を確信しているので、今は私も天国にいくのが楽しみにもなりました。
病院に運ばれたときの衣服や身につけていたものを受取りました。財布の中にこの紙がはいっていました。「わたしの目にあなたは高値で尊い。私はあなたを愛している」という聖書に書いてある神様のことばです。
私は、愛する人との心と心が通い合った思い出がたくさんあることが、うれしいなあ、と感じています。1つ1つのことを通して、神様が私の人生に、そして父の人生にして下さったことを、今、このときに、正直に分かち合えたことを感謝しています。
心の話に耳を傾け、聞いてくださって本当にありがとうございました。
母を支えながら、神様に与えられた一日一日、生かされている一瞬一瞬を正直に丁寧に生きたいと思います。