入院も手術も初めて


緑内障の他にもう一つ人間ドックで「E判定(要再検査)」をもらったのがある。こちらはちょっと大きな問題になっているので細君と祈り続けている、と前号の結びに書いた。

腫瘍マーカーの値が上がっている。この数値は2年前にも基準値範囲内で高いところにあることを指摘されていたが、今回はその範囲を超えてしまった。0〜4.0というところを4.4ある。前回は3.5だった。前立腺にかかわるものであるらしい。異常を呈する項目であるので、必ず受診するようにと検査結果に書いてあった。

自分の内側で何が起きているか分からないが、いたって本人は健康なつもりでいる。単なる数値の間違えならそれでよい。そう言ってもらえれば安心できると思って、7月4日(水)に休みを取って大型病院で診てもらう。泌尿器科で人間ドックの検査結果を見せて話しをする。「おしっこが出辛いとか、出なかったということはありませんか?」「ありません」。いくつか聞かれたが、いずれも自覚症状は全くない。

尿検査と血液検査をやって、その結果を見てみるということになった。おしっこが濁っていたりすると検査結果が違って出る場合があるという。人間ドックは前日の21時から飲食禁止なので、血液がドロドロでおしっこが濃くなりすぎたのかもしれない。それが原因であれば問題ないということになる。

7月9日(月)検査結果はやはり4.38と出た。F/T値というのも0.04と下がりすぎている。これは腫瘍がある場合に下がるらしい。「まず超音波の検査をしてみます。しかしそれでははっきりと分からないので、1泊入院をして生検をしてみましょう」という。60〜70才患者なら経過を見ましょう、ということにするのだが、まだ40代なのでやっておいた方が良い。前立腺を針で10カ所刺して腫瘍があるかどうか調べてみると言う。カルテにははっきり前立腺がんの疑いと書いてあった。診察後、細君が心配していろいろ調べてくれた。前立腺がどんな働きをするところなのかも知らないので、実感はわかない。しかし「がんの疑い」とは尋常ではない。怪我と違って生死にかかわる問題である。動揺は少なからずある。妻子の顔が交互に思い浮かんでくる。細君と祈り始める。

7月10日(火)15時から超音波検査。前立腺と腎臓を撮影。15時半から診察。超音波検査の結果では、腎臓も前立腺も年齢相応の大きさで問題ないと言う。腫瘍マーカーの数値が上がって来るのは50代以降が多いらしい。

1泊検査だと前立腺の後ろ側から10カ所刺すが、それでも分からない場合はしばらく様子を見て再検査ということになるらしい。もう一つの方法としては下半身麻酔をして、前立腺の前側から針を入れて10〜16カ所刺して調べることをそれに組み合わせる方法。これには2泊3日の入院が必要になる。後ろからの場合は大腸にも10カ所穴があく、前からの場合は尿道に16カ所穴があく。ということで術後に血尿、血便は必至だといわれている。患者も辛いが医師としても辛い検査なのだと言う。半身麻酔をしてしまうので、検査後は尿道に管を入れるという痛そうな話も聞かされた。

再検査というのも判決を先延ばしされるようなもので、その間進行していたらいやだし、場所が骨に近いので、骨への転移も考えられると聞いては一刻も早くこの問題を解決してもらいたい。なので、後ろから10箇所+前から10〜16箇所の方をやってもらうことにする。8月14〜16日に予約をとってもらって、細君と一緒に入院の説明を聞く。

何が原因でこういうことになるのかと問うたら、前立腺を病むのは、欧米の有色人種、欧米の白色人種、ハワイの日系人という順番で多いらしい。食生活が欧米化して来たからというのも原因の一つに数えられると言う。牛乳がいけないとか、イチジクが良いとか、根拠のない説はいくらでもあるそうだ。

しばらく8月中旬まではこの件はお預けになるので、毎日癒し主に祈る。会社では体のことを心配してくれる人、長期入院となって抜けた後のことばかりを心配している人、さまざま。心配をかけるので親にはこの件は内緒にしてある。

8月14日(火)晴れ 随分先の話しだと思っていた検査入院の日になった。2泊3日で直接前立腺から細胞を取って調べる。検査をすると痛みが残って走れなくなるのではないかという心配と、走るだけ走っておいて、入院中は疲れた体をゆっくり休めて寝てやろうという両方の思いから、毎朝走り続けた。入院の朝も河原まで走って行って、軽快に帰って来た。この12kmを入れて8月は104km。3ヶ月連続で月間100km以上走ったのは初めてだ。

病院へは細君が車で送ってくれた。細君は84才になる父が入院し、パーキンソンの母が一人で実家にいるという大きな心配が既にある。それに加えて夫が入院。大変なことを一人で背負わせてしまった。

パジャマに着替えて今後の説明を聞く。今日は何もないらしい。暇になるので細君を帰してのんびり聖書を読んでいた。時々麻酔科の先生の説明を聞きに行ったり、薬剤師が説明に来たりする。検査に来たはずなのだが、皆に手術と言われ続けていると、別人と間違われているのではないかと不安になる。診断名は前立腺癌の疑い。手術術式は経直腸的前立腺針生検10カ所、経会会陰生検8〜16カ所。

8月15日(水)晴れ 手術は3番目。午後になる予定だが、早まるかもしれないと言う。ただ待っているので暇でしようがない。聖書がずいぶん読み進められた。普段こんなにゆっくり読む時間がないので、とても良い時間が持てた。息子の水泳の朝練送迎を終えて細君が顔を出してくれたので、談話室で喋って待っていた。

やっと13時20分からに決まったと言って来た。さあ出番だと思って術衣に着替えたが、細君の方が緊張している。2階の手術室へ。ここまで細君が見送ってくれた。入院も初めてなら、手術室も初めて。うわっテレビと同じ、など考えてきょろきょろしていた。緊張していますかと聞かれて、朝から何も食べていないので、お腹がぺこぺこだと答える。

広い部屋で機器の一つ一つが大きい。この部屋の中には医療チームが何人いるのだろう。随分人がいるがこれが全部自分の検査にかかわるのかと驚く。自分は健康なのに何をされるのだろうと心配になる。手術台に仰向けに乗って、左腕に点滴の管、左人差し指にはクリップ型の機器がつながる。右手は血圧を測るものがまかれ、一定時間でふくれたりしぼんだりしている。ピッピッという機械音が定期的に聞こえ、バックグラウンドにロックが流れる。背中を出して小さく丸まるようにして脊椎麻酔を打たれる。半身麻酔なので、足のつま先から効き始めてお腹の辺りまで感覚がなくなる。

ここから先は自分の身に何が起こっているか分からなかった。麻酔注射が13時半。手術開始が13時45分。始まったかどうかも分からない。下半身に何かされているという感覚は全くなかった。前立腺がんの疑いの検査であるので、その細胞を採取する手術をしている。まずはお尻から機器を入れて、そこから10カ所前立腺の裏側に向かって針を伸ばし、採取。それが終わったら、陰嚢の後ろから管を刺しこんで表側から16カ所採取する。

半身麻酔なので意識はある。手も動くし首も動く。音も聞こえる。「1番いきます」「はい、1番」という声が聞こえる。壊れてちょっと引っかかる銀玉鉄砲を打つような音が聞こえるが、その音が採取の際に出る音らしい。

10カ所終わってしばらく間があった。あぁ後ろからが終わったんだなと考える。再開して番号が26に近くなって来て、そろそろ刺す所も皆刺したのか、「あと、ここ上から斜めにこうやって」という会話が聞こえて来る。

14時30分手術終了。先生がとった細胞を漬けた小瓶を見せてくれた。「このミジンコのようなものがそうです」、「これで見つからなかったらないです」という。26カ所も刺して採取したのだから前立腺は穴だらけか。悪い箇所を切除して、もう悪い所は全てなくなったのではないかと思える。

手術中は痛みも何もなかった。エレベーターで3階へ上がってやっと細君の顔を見てほっとした。先生が細君に「成功でした」と説明している。細君に顔色が白いと言われる。先生が細君に採取した瓶を見せている。ちゃんと調べてもらうので、結果が出るのは2週間後、採取した細胞はホルマリン漬けにすると言う。

しばらく寝たいからと細君を帰す。しかし麻酔が効いているから寝られるかというとそういうこともない。麻酔が効いているうちに頭を上げると頭痛が残るというので枕もない。点滴の管の他に半身麻酔なので尿道にも管が入っている。上半身は感覚があるので、動けない分背中が痛くなって来た。寝返りもうてない。動けないのは辛い。水も飲みたい。何とかして寝ようと勤めるが眠れない。時計を見ながらただひたすら麻酔が切れるのを待つ。実に苦しい時間だった。

手術を開始して4時間たったら枕をしても良いと言われる。17時半に枕のお許しが出て頭の下に入れてもらったら、随分楽になった。ベッドの背もたれの角度も変えられて苦しみから解放される。水も飲めるようになった。徐々に飲んでみたが、体が喜んでいるのが分かる。昨日の朝この近所の河原を12km走っていた健康な体はどうなってしまったのかと考える。

消灯時間になって眠りたいのだが、寝られない。水を飲めるのが唯一の気休めだが、拷問のような一晩だった。

8月16日(木)晴れ 拷問は7時半まで続いた。血尿が出ていないのでやっと処置室で尿道から出ていた管を抜いてもらった。これだけで随分気分が違う。病人でなくなった気になる。術衣から自分のパジャマに着替えてほっと出来た。点滴を後何本かやれば午前中に退院出来ると言う。

歯を磨いて談話室で聖書を読んでいた。箴言には賢い妻は神から与えられるというような箇所が沢山あるのに、次の伝道者の書には女に気をつけろという注意が沢山ある。

箴言
12:4 しっかりした妻は夫の冠。
18:22 良い妻を見つける者は幸せを見つけ、主からの恵みを頂く。
19:14 思慮深い妻は主からのもの。
31:10 しっかりした妻を誰が見つけることが出来よう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い。

その冠が早めに来てくれた。あと1本点滴が終わったら帰ってよいと言われているので、談話室で喋りながら待つ。検査結果は8月30日(木)14時外来でとなった。

8月17日(金)朝から血尿も見られず順調な回復だと安心していた。ただまだ頭のどこかにズーンとした重みはある。普通に出勤して午前中は打ち合わせを一つこなすが、午後になって頭が痛くなってきた。前頭葉から頭頂部にかけて痛みがあり、鈍痛なのだが収まらない。しばらく組合室にある簡易ベッドの上で横になっていた。

少し良くなった所でシステム関連の暗号化の作業を電話でやり取りをしながら進める。これが順調に進まないのでなお頭痛がひどくなる。おまけにこれが片付かないうちに来客がある。午前中に細君にS.O.S.をメールしておいたら、細君が病院に電話を入れてくれた。17時までなら診察出来るから病院に来て下さいと言われたという。

細君は朝合宿に出かける息子を送って行き、その後実家に介護状態にある母を見舞い、入院中の父を都内の病院に見舞う途中でこういう手配をしてくれた。有難い。15時40分くらいに会社を出て病院へ。細君が手配をしてくれていたので、救急外来へ行けば泌尿器科の先生が待機していてくれることになった。地下鉄線は座れたが、頭痛はこのまま会社に残っていたら大変だったという状態になっている。小田急線は立っていたが、何とか持ちこたえた。

救急外来へ。泌尿器科の先生が来てくれた。症状を細君が告げてあったので、麻酔科に問い合わせてくれていたらしい。脊椎麻酔の場合、この頭痛はありうることなのだという。半身麻酔で本来下半身に行かないといけないものが、脊椎からつながっている頭へ行ったことによるものらしい。またこの麻酔によって体内の電解質のバランスが崩れたことが原因でもあるよう。どんどん水分を取って出してを繰り返していけば治るもので、後は時が解決してくれるらしい。

点滴をしてもらう。最初は1本を2時間かけてということだったが、途中から時間を早めてもう1本ということになった。横になって静かに点滴を受けていたら、少し楽になった。

18時10分、細君が父の病院から駆けつけてくれた。細君がいなかったらこの頭痛はどうなっていたか分からない。良い妻は夫の冠。感謝。痛み止めの薬を貰って帰宅。合宿中の息子から楽しげな電話が入る。良い仲間がまた増えたようだ。イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された、という聖句(ルカの福音書2章52節)通り。こちらも感謝。

18日はまだ頭がズーンと重いので自宅静養。一日ズーンが続いている。朝は大丈夫だったが、昼頃から頭痛がひどくなる。寝ていれば何ともないのだが、立ち上がると痛くなる。自分が点滴臭いのにも閉口する。19日礼拝へ。頭痛は良くならない。帰宅後は寝ていた。

8月20日(月)晴れ 仕事で甲府まで行かなければいけない日で、新宿駅で特急を待っている間に痛みが増して来た。やっと来た電車で座ってみたものの、どんどん頭痛はひどくなる。やっと甲府の会場に着いた。会議と宴会がある予定だったが、申し訳ないがこういうことなので宴会は欠席ということを話していたが、その間も顔が歪んでいるのではないかと思う程の痛み。痛み止めを飲んだが効かない。会議を終わらせて早々に帰って来た。一体この痛みはいつまで続くのだろう。毎日癒し主なる神様に祈り続ける。

8月30日(木)雨が降ったりやんだり 退院後2週間経った。ひどい頭痛が随分長く続いたが、22日以降それもなくなった。当然血便血尿もない。刺した所が痛むこともなかった。頭痛がなくなってから4回、合計約30km走る。体調は戻って来た。検査結果は何ともないと出ると確信している。そう祈り続けて来た。祈りはかなえられるという強い確信もある。26,27日にあった全国ジュニアオリンピックカップ夏季水泳競技大会での息子の活躍も治癒に一役買ってくれている。大きな大会だったが、出場した2種目(100m、200m自由形)とも自己ベストを更新してくれた。

ついに実家にいた細君の母も入院してしまった。残された猫の世話もある。細君はそんな自分の両親の介護問題が深刻になって来ている上にマサイの問題が片付かないので、ストレスを抱え込んでいる。可愛そうなくらい大変な思いをしている。今日も午前中に介護施設を3カ所回って話しを聞いて来た。

検査結果が出る日。14時に予約をしてあるので早目に行く。息子は何も言わないが心配しているのか、玄関まで見送ってくれた。

すいていたようで、予約時間より早く診察をしてくれた。緊張して診察室に入ったが、先生から顔を見るなり開口一番「異常はありませんでした」と聞き、ほっとする。イエス様感謝します。生かしてもらったという喜びでいっぱいになる。先生がプリントした書類を見ながら説明をしてくれた。細君も大きな緊張から解き放たれた状態になっていた。
「前立腺特異抗原4.38にて生検 26カ所ともがん細胞認めませんでした。今後は定期的に採血検査行って行きます。」

26カ所刺して細胞を取って顕微鏡で調べた結果なので、ないか、あるとしてもほんのまだ小さなものかもしれないという。日本語では「認めない」という表記だが、英語の表記では「NO悪性腫瘍」ということになる。つまりは「ない」ということ。ほっとする。

半年後に採血検査ということになった。細君は涙ぐみ、全身から力が抜けて行っている。神様はこの素晴らしい細君や息子を悲しませるようなことはしない。

癒し主なる神様に感謝する。このことを通していろいろなことが勉強出来たし、そのことを教える目的があったのだろう。健康の大切さ、また自分ではどうすることも出来ない病いについて、それに対して人間は如何に無力であるか、を知ることが出来た。神様に依り頼むこと、ゆだねること、救いを確信すること、感謝すること、生かされていること、いろいろなことを学べた夏だった。

戻る