家族一緒に食事していますか


毎朝出勤時に県立高校生とすれ違う。駅からの通りにあるコンビニで買ったパンをかじりながら、もう片方の手には紙パックの飲み物を持っている。歩きながらの朝食。格好いいものではないが、本人たちは作法なんて真っ平というのを却って楽しんでいるようだ。仲間同士で楽しくやっているので別にとやかく言うわけではない。しかし栄養的には菓子パンだけだったり、鳥のから揚げだけだったりなので、良いわけがない。そちらの方が気になる。

朝食を食べない子が増えていると聞いたが、大手受験塾が行ったアンケート結果では、量の多少を問わず、「毎日食べる」というのが95%、しかも85%が「しっかり食べる」という結果だった。受験をする者にとっては、朝食は軽視できないようだ。食事を抜くと頭に栄養が行き渡らないので、それだけでぼぉっとしてしまう。それでは勉強も頭に入らないし、体も動かない。食事は大切なのだ。

マサイは幸い会社の始まるのが遅いので、朝食は家族揃って食べられる。夕食も一緒に食べたいので、息子が水泳のトレーニングから帰ってくるまでには急いで帰ってくる。
食事は家族一緒に取るのが一番だと思っている。ゆっくり話が出来る場であるし、お互いの体調も食欲で知ることが出来る。だから何よりも優先する。2時間も3時間も一緒に食べているわけではない。長くてもほんの朝の30分、夜の1時間だ。しかしこの時間は一日のうちで一番大切な時間だ。

息子が小学校に入るまでは食膳のお祈りを簡単な歌にして3人で手をつないで歌ってから食事を始めた。明るく楽しい食事の開始だ。小学校に入ったのを機会にお祈りをしてから食べ始める。今日の聖句を読み上げた後、パパが代表してお祈りをするのを2人は聞いている。高学年になってからは、まず今日の聖句をパパが半分読み、息子が後半を続ける。暗唱できる聖句が増えてきた。それから息子が「366日のみことばとメッセージ イエスさまはいつもいっしょ(いのちのことば社)」から今日の聖句と当該箇所を読んでくれるので、その後お祈りをする。最近は3人とも短くお祈りをするようになった。息子の祈りや、細君の祈りを朝聞いていると心がすぅっとしてなごんでくる。あらゆるストレスから開放されてほっとする時でもある。

 食事中、息子は絶好調の時は喋りっぱなしになる。今日あったこと、面白かったことが、次から次へと出てくる。話が急に飛ぶので細君は時折ついてこられない。しかし逆に調子が悪い時には無口だ。実に分かりやすい。静かな時はいろいろ聞いてみると、ぽつぽつ話し出す。体調、学校でのこと、水泳のこと。

他の家庭に聞いてみると、朝は順番に出かけて行くので、食べてはいるがばらばらに一人ずつ食べているとか、夕食は母子家庭になるとか聞く。また一緒に食べてはいても、テレビがついていてそれを見ながらなので、会話はないという。

我が家では食事中テレビをつけないので、純然たる家族だけの時間となる。丸いテーブルでお互いの距離も近く、笑いがあふれ、実に楽しい時間である。こういう時間を持てるのはとても幸せである。イエス様感謝します!

 

ヨハネの福音書21:12
イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」

伝道者の書10:19
食事をするのは笑うため。

ルカの福音書24:30
彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。

 

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