応援してるよ


先月末、お祭りのような第29回全国JOCジュニアオリンピック春季水泳競技大会が終わった。この大会に今年も小学5年生の(4月から6年生になった)息子は100m自由形と200m自由形の2種目で出場する事が出来た。

去年初めて50m自由形で出場した時は、召集所 などで一人でぽつんとしていた。しかし夏の合宿やら、いろいろな大会に出るうちに多くの仲間を作ってきたので今年は寂しくないらしい。観客席から見守る親 も召集所でぽつんと不安そうにしていられるよりは、誰かと喋ってスタート前の緊張から解放されていてくれた方が安心できる。

同じクラブのメンバーと学年の上下問わず楽しそ うにやっているのは今まで通りだが、同グループ他校のメンバーにも知り合いが増えて、年中メールでやり取りをしている。控え所でもお呼びがかかって、隣校 の輪の中に入って喋っている。同じ川崎市の別クラブのメンバーともうまくやっている。エントリーが同じになる種目が多いので、そこで喋る機会が増えたらし い。他クラブの年上メンバーにも可愛いがってもらっている。水泳を通して良い仲間がたくさん増えている。

昨年度のキャプテンが中学に入るのを機に野球の 道に進むので、学年末で水泳をやめることになった。その送別会の席上で、「良い仲間に恵まれて楽しかった」と挨拶があった。そう、この励まし合い、競い合 う仲間あってこそ力が発揮できる。仲間の存在というものがとても大切であると思う。水泳は個人競技だと思われがちだが、去年の3月まで指導してくれていた コーチは団体競技だと言っていた。コースロープで両側を区切られた中には誰も入って来ないのだが、一人では戦えない。仲間の存在は大きい。仲間がたくさん 増えているというのは、息子の財産。そんな息子を通してイエス様の光を皆が感じてくれるようにもなる。

牧師夫妻は去年に引き続き見に来てくれた。レー ス後、「すごく緊張しました」と言っていた。2分強のレースを一緒に興奮して見ていてくれたらしい。控え所で北京五輪の候補になるであろう先輩に「うちの 教会の牧師です」と紹介すると、握手をしていた。会場で自然な形で良い伝道が出来ている。

祈ってくれているということも嬉しかった。試合 の前の日にメールが届く。家族で祈っているという。多くの人が神様に息子の事をお祈りしてくれていた。何より心強い安心感につながる。試合の当日朝何通も メールが入る。忘れずにいてくれたようだ。力瘤が3つも入った心強いメールだった。応援してくれている人の存在というものの大きさ、有難さを改めて知る。

マサイは一生懸命泳いでいる選手たち皆のファン であるから、息子の友達にはレース前に「応援しているよ」、と言うようにしている。「頑張ってね」というのがこういう時の励まし言葉の定番だが、ここまで 頑張ってきた子に対して大人がそれ以上に頑張れと言うのも可哀想なので、「応援しているよ」と言うようにした。では実際レースの時に何と言って応援するの かといえば「頑張れ〜」という日本語以外思いつかないのだが、それを直接言うよりは聞く方の負担が少なくて済むかもしれない、と思っている。「今までやっ てきた自分の力が100%出せるように祈ってるよ」とも言ってみる。子どもたちも結構これで嬉しそうに「うん」と返事をしてくれる。

無限の可能性を秘めた子どもたちを応援しながら、息子に素晴らしい仲間をたくさん与えて下さった主に感謝する。

ヨハネの手紙第3 1:2
愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。


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