稲穂を収穫


ベランダで稲を育てた。息子の夏休みの自由研究 用に2箇所で種をもらったので、最初はスーパーの買い物についてくるトレイで芽を出させて、頃合を見てバケツと発泡スチロールの容器に土を入れて植え替 え、水をやった。息子の宿題用にということだったが、息子は余り興味がない。細君が毎日水の減り具合を見て育ててくれた。

だんだん芽が出て背が伸びてくる。伸びたところでいくつかを束ねて植え替えると、水田らしくなってきた。夏休みの宿題用にと思っていたが、8月末までに収穫できるわけがなく、残念ながら宿題としては提出できなかった。

秋になって穂が出始める。「実るほどに頭をたれる稲穂かな」と、まさにそうなって来た。素人が作っているのに綺麗なものだ。ちゃんと実がたくさんついている。こうなったら本格的に雀避けの案山子を立てみようかと考えたが、大変なので不要になったCDを2枚ぶら下げてみた。

大きくなって喜んでいたが、雀が狙ってきた。 CDは効果がなかったらしい。羽音も忍ばせて、そーっとやってくる。普段ならチュンチュンという鳴き声で分かるのだが、敵もさる事ながら、こういう時は声 を出さない。色づいたら収穫と、その時期をこちらが待っている時に、敵もそーっと偵察に来ては好機をうかがっていたようだ。

色づいてきたところで早速2〜3本雀にとられた ので、刈り取って干しておいた。雀はまたやってきた。いつもの場所にないのに気付いたが、すぐに移動先を見つけた。そこでくちばしで抜いて行ったらしい。 食べ散らかした残りが見つかった。たくさん植えたわけではないので、貴重な収穫物を守らなければならない。細君が朝そーっとカーテンを開けると、稲のそば にいた雀と目が合ったと言う。何ともとぼけた話しだが、向こうも驚いたようだ。

ここに稲が植わっていることがどうして雀に分 かったのだろう。パトロールでもしているのだろうか。飛んでいてこんな狭いベランダにあるものを見つけられるのものだろうか。匂いで嗅ぎ分けてということ もないだろう。少ない収穫物なので、取られないように、高いところに移動してネットをかけておいた。

雀はいつもの通りやってきた。しかしいつもの場所に収穫物がないので、ここでやっと鳴いた。チュンチュンと騒いでいる。「ない、ない」と言っているに違いない。両足でベランダを跳ねて探している。

ちゃんと鳴くということは、今まで意図的に泣かずにいたのだろう。1羽ではないので、なりをひそめるようにという知恵が働き、それを伝達できるのか雀よ。知恵の有る奴らだ。

干した後に息子が手と野球のボールで脱穀してくれた。ほんのわずかであるが、収穫した米が出来あがった。栄養を与えるわけではなく、水だけなのに良く育ってくれた。

次の聖句が思い浮かんだ。

ルカの福音書1章
24節:烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。
27節:ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。

あの小さな種からと思うと、まさに主が養っていてくださったということを感じた。目に見えない主の考え、命に対する主のご計画といのは素晴らしいものだ。

炊こうにも、このほんのわずかな収穫物をどうやって食べたものか悩んでいる。雀はまだやってきては鳴いている。


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