スポーツ選手を持つと


トリノオリンピックのフィギュアスケートで優勝 した荒川選手の記事が週刊誌に載っていた。両親の談話の中にトレーニング環境、金銭的な問題などが書いてあった。家族一丸となっての金メダリスト支援。ま さに献身的な自己犠牲。それは他人では出来ない、親だから出来る事。それも世界の頂点を目指すのだから並大抵の大変さではなかったようだ。

知り合いにお嬢さんをスケート教室に通わせてい る人がいるので聞いてみた。小学生2人を現在スケート教室に通わせてフィギュアスケートを習わせている。2回転半は難しいが、2回転なら出来るという。こ のレッスン代、1週間のほぼ毎日トレーニングに通うための交通費。その度のスケートリンクの入場代。試合になると参加費、音楽をそれぞれ個人に合わせてア レンジしてもらうのに1曲いくら。その曲に合わせて衣装を作るので、お姉ちゃんのを妹に着せるわけにもいかないらしい。全て合わせると、一人頭月5万円か かるという。それが2人。その上子どもを迎えに行くと、親もスケートリンクへの入場代を払わないといけない。とてもサラリーマンでは出来ない話だ。

野球で中学生の子どもが全国大会に出るという知 り合いの話。折角なのでグローブを新調した。普通に買っても、オーダーしても値段は変わらないというので、自分の手に合わせてオーダーする方を選ぶ。確か に良いものなのだが、5万円した。そうしたらバットもスパイクも新調した方が良いといわれて、皆揃えたら大変な金額になった。

親は子どもにかけるお金は惜しまない。子どものためになるのなら、自分の使える金額を削ってでも、子どもには不自由させたくない。子どもの喜ぶ顔が見たい。

金額の面ばかりではない。生活の全部が子ども中 心になる。そういう立場になるまでその意味が分からなかった。子どもに振りまわされるなんて、位にしか思っていなかった。しかし今、自分を犠牲にしてまで も、という親の子どもに対する深い愛情を実感出来るようになった。当然無償の愛。神様の愛の素晴らしさが良く分かる。

3月末に我が小学4年生の息子が水泳でジュニアオリンピックカップに初出場した。会場にはウォームアップや応援も含めて4日通ったが、試合当日は3時半起き。当然真っ暗。起きる時間でなく、寝る時間だ。朝の弱い細君も毎日お握りを握ったり、弁当を作ったり大変だ。

当然マサイも仕事を休んで一緒に初電で辰巳の国 際水泳場へ。海からの風が強く吹いて体感温度の低い中、戸外で2時間入場の為の列に並ぶ。芯底から冷え切り、歯の根が噛み合わなくなる。入場開始になると 狂乱状態で席を確保する。1つ確保するのがやっと。50mフリーだけで400人が出る。その親、兄弟、親戚、我々の場合は牧師夫妻、伯母、爺婆が応援に来 ているので、ものすごいギャラリーの人数だ。

息子の出番まで緊張が続く。マサイは試合前2〜3日眠れない日が続いている。仕事をしていても息子の事が頭から離れない。出番が近づくに連れて細君が無口になってくる。横から緊張が伝わってくる。ちょっと振れると爆発してしまいそうだ。

そんな時に携帯に配信される今日の聖句を読む。

ルカの福音書12:11
また、人々があなたがたを、会堂や役人や権力者などのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配するには及びません。

緊張したりして頭が真っ白になる事が良くあるが、神様はその時々に備えをしてくれるから、恐れてあれこれ考えないように、という内容だった。息子が緊張の余り我を失って自分の力を出せずに終わる事のないように祈り続ける。

スタート台の後ろに息子が出て来る頃には親の緊張も極限状態。祈るばかり。競技時間は30秒ほどなのだが、時間も音も全てが止まって思える瞬間を味わう。視界にはコースロープの真中を泳いで行く息子の姿しか見えない。

そしてゴール。初のジュニアリンピック全国大会という大舞台で自己ベストを出した。ランキングも一挙に上がった。今まで怪我をさせないように、病気にかからせないように、栄養が偏らないように、などなど専属マネージャーのように細かく面倒を見て来た事を思い出す。

細君涙ぐむ。マサイも息子の大会のたびに感動して涙腺がゆるんでいるので、すぐに泣いてしまう。よくやった、よくやった、すごい奴だ、としか言葉は出て来ない。この息子のためになら何を犠牲にしてもよい、という気持になる。

今日の祝いにと、ないお金をはたいてスパッツ型の水着とゴーグルをプレゼントする。息子の喜ぶ顔が何よりのマサイへの誕生日(3/31)プレゼントとなった。

テサロニケ人への手紙第2 2:16〜17
どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。

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