自立、始まる


大阪に行ってきた。2ヶ月前の月刊マサイであと 0.1秒に泣いた事を書いたが、息子は10月30日にそのスイミングの基準記録を、そして11月3日にその上の基準記録を突破し、大阪で行われるスイミン グクラブグループの全国大会に招待されることになった。これはオーストラリア遠征の選考会も兼ねている。

大阪の全国大会は11月19〜21日の3日間に 渡って行われる。息子の出番は20日(日曜日)なので、大阪へ向けて土曜日に出発。新横浜の新幹線改札口に昼過ぎに集合。各校から選手が集まってくる。小 学3年生から高校生までの選手がおそろいのクラブジャージを着て集まってくる姿は、間違いなくスポーツ選手の遠征。

招待という名前の通り、行きの交通費、現地での 宿泊代、食費はクラブ持ち。新横浜で新幹線に乗りこんでからは、クラブ側が選手を責任持って預かるという。付き添いなどという事は出来ない。新幹線は指定 席。現地心斎橋のホテルではシングルルーム。説明会でもらった書類には、就寝時には乾燥を防ぐ為にバスタブに水を張って寝るようになどという注意事項も あった。試合後は現地解散。そこから先は親の負担になる。であるから当然親も応援に行くことになる。

新幹線の2車両を選手たちで貸し切り状態にして ある。息子はかねてから新幹線に乗ってみたいとねだっていた。そのうちね、と先延ばししていたが、それを自分で勝ち取ったのだからすごいものだ。定刻に ホームに入ってきた岡山行きのひかり373号に子ども達は乗りこんで行った。東京から乗ってきた子が既にいるので、車内はクラブジャージの青一色。自分の 席を探しながら車内を進む子ども達を保護者達は車外から追いかける。しかし子ども達はすでに車内の楽しい世界に夢中。親の方は見向きもしない。

時間通りに新幹線は出発したが、バイバイと手も 振れなかった。「少しくらいこっちを見てくれても良いじゃないのよねぇ〜」とホームに残された見送りの親達は不満をもらす。慣れている父兄達は明日朝一番 の新幹線で現地入りするという。マサイは初めてなので、右も左も分からない大阪で迷わないように、すぐに細君と息子の後を追う。

この招待試合参加の基準記録を突破した試合の 朝、プールまで送っていった車の中で、だんだん息子が自立して行くのを感じて、急に涙が止まらなくなった。今まで常に親と一緒にいて、いつも手をつないで 行動していた可愛い息子が、もう親の手を必要としないで、自分の力で羽ばたいて行こうとしている。確実に親から自立して行く時期が近づいている。新幹線を 見送った後も強くそれを感じて、感動と寂さを味わう。

選手の一団は試合のある日曜日には5時50分起 床。近所を散歩がてら運動した後、会場である東大阪アリーナのプールへバスで向かう。そこでアップしてから出番となるのだが、本番が終わらないと息子には 会えない。観客席からその姿を探す事になる。我々も早く会場入りする。父兄も全国からやってきているので、当然席などあろうはずもなく、階段に座って息子 の出番を待つ。オーストラリアの選手も混じって泳いでいる。新記録が出るとファンファーレが鳴る。派手に盛り上がる大会だ。

11時過ぎてやっと息子の出番。50mプールの 第6コース。スタート台の後ろで、いつもの通り上を向いて大きく深呼吸をしている。気合十分。「ヨーイ」の後はオリンピックなどと同じ機械音の「ピッ」と いう音でスタート。飛びこみ、泳ぎともに良かったのだが、フリー(自由型)は激戦区、残念ながら29人中上位8人には入れず、午後の決勝には進めなかっ た。

この大会は出たくても誰もが出られるというわけ ではないし、お金を出せば出られるというものでもない。地域を飛び越えて全国というこの大きな大会に出られただけで、息子はまた一回り大きくなった。自信 もついたし、目標も新たに出来た。今回は素晴らしい良い経験になった。この機会を与えて下さった主に感謝。

大きな荷物をまとめてやっと息子が親元に帰って来た。本人も満足しているらしい。昨晩は細君と2人で夜の道頓堀を食べ歩いていたのだが、いつも一緒にいる息子がいないと、何か物足りない気分だった。息子と合流し、我が家も3人揃って、気分が安定した。

しかし後何年もしないうちに完全に自立して行ってしまうのか。喜んで送り出してあげないといけないのだろうが、我が家は一人っ子。今息子は10才。このままでは子離れ出来そうもない。

コリント人への手紙第一3:7
それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。

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