あと0.1秒


あと0.1秒だった。小学4年生の息子がスイミングの記録会で50mフリーに出たのだが、基準記録突破まであとわずかに0.1秒足りなかった。

1日2時間近く、それを週6回というトレーニン グを5月から続けている。夏休みも週1日の休みの他は毎日。朝と晩の2回トレーニングという日もあった。それだけトレーニングを積んだのだから、と試合前 の期待は高まっていた。しかし夏休み開けの大会では基準記録突破まであと1.1秒足りなかった。そして夏休み開け2戦目。前回の記録からは1秒短縮した が、練習の時に出した自己ベストと同じタイムだった。

あと0.1秒。基準の記録が重くのしかかる。と にかくほんのわずかな時間。泳ぎ終わった時は誰もが記録達成を確信していた。プールの反対側から図った時計では達成していたのだが、実際は上記の結果。息 子も半泣き状態。ストップウォッチの押し方加減では記録が出たのではないかと計測員を疑ってしまう。

大会前にその記録を突破出来なければ坊主だと コーチに脅されていた。当然コーチは息子がこれを突破出来る実力があると見てくれているということ。自己ベストではあったので本人は髪の毛を切らずに済む と思っていたようだが、会場に迎えに来てくれたパパの車は自宅前を通り過ぎてそのまま床屋へ。泣きながら切りたくないと言ったが、パパに許してもらえな い。その代わり長髪だったパパも一緒に刈り上げる。高校時代以来の刈り上げ。後ろと横を刈り上げ、息子は天辺だけ少し残す。ここは自己ベストであった分。 結局パパの方が短くなった。

これで本人すっきりしたのか、翌日から泳ぎも力 強くなって来た。記録への挑戦はまだまだ続く。選手になった時から時間との勝負になっている。選手になる前からそうだったともいえるが、1秒台の攻防。し かし基準記録のハードルはその1つだけではない。まだハードルは続く。その上にも別の基準記録があって、それまでは1.1秒、その上までは1.9秒。学年 が変わるとこのハードルも少しずつ高くなってしまう。これを超えて行く為に毎日ハードなトレーニングに励んでいる。しかし10月には初めて県大会へ出られ るようになった。

祝日の夕方からスイミングの先生と選手、親も一緒のバーベキュー大会があった。ここで子どもたちの為に炭で肉を焼きながら、先生やお父さんたちといろいろ話すことが出来た。

何の為に泳がせているか?スイミングが一番体には良いといわれているように健康の為か、それとも記録を目指しオリンピックを狙うのか。

いつまで泳がせるか?中途半端では終わらせたくない。本人がやりたいと言うのに、無理にやめさせる事はない。

週6日ここでトレーニングをさせているが、それが本人にとって最適なものであるのか?その6日をテニスや野球など他のスポーツであったり、音楽であったりに向けかえればもっとすごいことになるのではないか?その見極めはどうするか。

お父さんたちは家庭でお母さんたちとこういう話 し合いをしているかと感心する。皆真剣に考えているが、懐疑的な部分もある。我が家はあまりその部分はない。好きでやっている事はとことんやらせる。泳ぐ のはイエス様の栄光を輝かす為だと本人も納得しているし、その目的がはっきりしている為に迷う事はない。

選手にしたいと最初から考えていた人は少ないよ うだ。まずは子どもが泳げるように、という目的でスイミングに入れ、そこで先生から声をかけられて自分の子どもが泳ぐことに才能があるのかと気付く。ト レーニングと大会を繰り返して行くうちに、親も真剣になって行く。ビデオで撮った我が子の泳法をチェックし、テレビでオリンピック選手の泳法と比べて検討 をしているらしい。

今日は夏休み後第3戦。前回あと0.1秒だったので、安心して出かけたが、前回と同タイムだった。今回もあと0.1秒足りず。ハードルは高い。今日も悔し泣きをして戻って来た。次戦は10月30日。

1日で息子は10才になった。誕生日の宣言はオリンピックで金メダルを取る事。50mフリーの日本記録は22.28。あと10.62秒。

伝道者の書3:10,11
私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。

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