夏休みはスローライフ


家族旅行に出かける前に空港で携帯電話の電源を切る。やっとこれで仕事から解放されたという思いでバカンスモードに入る。別にもっと早く切っておいても良かったのだが、国内にいる間は何かあったら対処できるようにと思って出国審査が終わるまで待っていた。

普段は個人用のPHSと会社用の携帯電話の2つ を持ち歩いているが、妻子との家族旅行であるので個人用のは置いて来た。会社用はつながってしまえば仕事をしないといけないので、何となく携帯を持ってい るだけで、まだ仕事中だというような感覚がある。そんなことがないようにきちんと仕事は片付けてきたつもりなのだが、携帯を持って仕事をするようになって 以来、常に仕事に追いかけられている。気分的に落ち着かない。

機内では飛行機の計器に支障をきたすことがあるので、電子機器の電源は切るようにというアナウンスが流れる。電車の中では同じようなアナウンスがあっても電源まで切る人は少ないようだが、こと飛行機になると自分の身の安全がかかっているので、皆この指示に従っている。

昔、日本でまだ一般には携帯電話がそれほど普及していない頃、香港へ行った時に既にあちらでは今ほど小さくないが携帯電話を持っている人が多いのに驚いた。そのうち日本も香港に抜かれるなと思った。しかしそんな日本も今では一人に一台近く普及した。

マサイは早生まれだったせいか、小学校3年までの記憶があまりない。物心がつくのが遅かったのかもしれない。今の息子と同じ小学4年生の時にあった事を思い出してみる。

青い空のハワイに着くと、2年前に来た時は余り 気にならなかったが、今年はありとあらゆる人が携帯電話を使っている。歩きながら、車を運転しながら、ビーチに寝転びながら、店の中で、外で、ところかま わず会話をしている。男性はベルトにアタッチメントのようなものがあって、ここにパチンとはめて持ち歩いている。あちこちで携帯の着せ替え用のカバーも 売っていた。

現地の人ばかりではなく観光客にも変化がある。 ホテルのプールサイドのパラソルには、ノートパソコンに向かうおじさんたち。子どもたちはポータブルテレビゲームに夢中。日本でやっていることと同じ。バ カンスを単純に楽しむことが出来ないのか、ちょっと奇行に見える。何もハワイに来てまで、と息子も言っていた。そういえばインターネット利用無料がこのホ テルの売り文句になっていた。

マサイは携帯やパソコンイコール仕事と思ってい るので、驚いてしまう。こういうものから離れられないものかと思う。バカンス中は頭から全く仕事を追い出してしまいたいマサイには理解できない。ちょっと 前までここにはゆったりした時間が流れていたが、今は少しあわただしい。バカンスに訪れた先では、できれば時間が止まったようなスローライフが個人的には 望ましい。

日本に帰ってきて「携帯依存症だから」、と空港 で話していた女の子がいた。携帯が使えるようになるのが嬉しくてしようがないらしい。外国旅行という楽しみより、こちらの方が優位なのか。混雑した通勤時 間でも電車を降りると早速メールをチェックしながら歩き始める人が多いので、これも危ない。「〜(ながら)メールをするな」、と近くの駅へ向かうに道には 看板が出た。携帯電話を身に帯びるというのは今や当然の光景。持っているだけで常に誰かとつながっているという安心感があるらしい。誰かとつながっていな いと不安なのか。メールやゲームなどもできるので、無言でいる時間、ぼおっとしている時間がなくて、常に何かしている。目の前のものを楽しまずに、遠くに ある自分の世界から抜け出せない。携帯の世界への逃避といったところか。携帯に守ってもらっているという印象。便利なのだろうが、どうも好きになれない。

旅行中はまるきり仕事を引きずるような物から解 放されて、スローライフを満喫できた。妻子とずっと一緒にいられたことも楽しかった。朝一サーフィン、戻ってジョギング、午後は息子のトレーングに付き 合って50mプールで長距離泳ぐ。戻って日が沈むまで2ラウンド目のサーフィン。そんな日が何日も続く。このスポーツ合宿のような過密日程がスローライフ かどうかというのは疑問に思われるかもしれないが、神様が創ってくださった自然とゆっくり遊ぶことが出来たのは、マサイにとって最高にのんびりできた休日 だった。

創世記1:6,7&2:1,2
ついで神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に区別があるように。」と仰せられた。
こうして神は、大空を造り、大空の下にある水と、大空の上にある水とを区別された。するとそのようになった。

創世記2:1,2
こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。
それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。

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