42.195km


月刊マサイ2003年5月号にフルマラソンへの 挑戦について書いた。一生に一度くらいは42.195kmを走ってみたい。やりたいことは「したいなぁ」とただの憧れで終わらせる事なく実際に「やる」の がマサイの流儀。親爺は言った事はやる。天のお父さんもそうだ。そんな父親の姿を息子に見せたいとも思っていた。

マラソンに対する理解者は少ない。「何でそんなに苦しい事を…」「気が知れない」「どだい無理」というのが大方の反応。走る事の楽しさをいくら説いてみても、大概は分かってもらえない。

走り方も知らない、自分の時計についているラップ機能の使い方も分からない状態でとにかく走り始める。フィットネスクラブで10年運動を続けてきているので、学生時代に体育会系クラブに所属していなかったマサイにもそこそこの体力がついている。

しかしさすがに距離に対しての不安はある。 42.195kmは、到達不可能な距離、とうてい自分が走れるものではない、スポーツ選手が走るもの、という考えがあった。しかし苦節2年。トレーニング で走った回数136回、距離1,346km。フルマラソンへ向けて準備で出場した大会、10km2回、ハーフ4回、トライアスロン1回。

家族の協力も重要なポイント。食事や体調コントロールは細君に気を使ってもらって整える。マスクを12月から着用して、インフルエンザの猛威、前年の30倍の花粉、という状況から身を守る。この1年、オーバーユースでぎっくり腰になった以外は寝こむ事はなかった。

大会当日は曇り。マサイ45歳の誕生日の11日前。予報は晴れ、気温17℃とマラソンには高目のはずだったが、大はずれ。有難いことに風はなかったが、日が出ないので気温は上がらず、寒い。最高気温が10℃だった。

4時半起床。応援について来てくれる妻子も早起 きに付き合ってくれる。しっかり食事を済ませて会場へ。会場となる荒川の河川敷を北区から江戸川区まで行って帰って来るわけだが、約2万人が同時に走る。 2万人もフルマラソンを走ることが出来る人がここに集まっているという事実は驚くばかり。

トレーニングで30kmまでは走った事がある。普段のトレーニングはハーフの21km中心。レース直前はこれを26kmにまで伸ばしていたが、30km以上は走ったことがない。未知の世界。

スタートの合図が遠くでしたが、人数が多いので すぐには走り出せない。スタートゲートをくぐるまでに6分かかった。レースの開始。5km、10kmといつも走り慣れた距離を確実にこなしていく。ハー フ、つまり21.0975kmの折り返し地点までは順調に進む。リラックスして走ることを心がけたが、考えていた通りの見事なペース配分。

よく「フルマラソンは折り返してから」、と言われているので、ここで少し気合を入れる。自分が走っていることを意識すると辛くなるので考えないようにしていた。

今日の為に自分だけのユニフォームを作った。 ジョギング用のTシャツの背に「Team Jesus」と紺字で大きくアイロンプリントでつけたもの。「Team Jesus」は自分のチーム名として大会に出る時には必ず使っている。プログラムには名前の横にこのチーム名が印刷されているが、字が小さくて今一つ目立 たないので、前回のハーフマラソンの時はこのチーム名をシールにしてゼッケンに貼って走った。しかし満足のいくような大きさではなかった。今日は肩の下に 大きく入っているので、とても目立つ。

走っている時は前を行く人の後姿を良く見る。 ゼッケンだのウェアだのに目が行く。であるから背中に語らせるのが一番。胸にチーム名を入れている人もいるがテレビカメラに映っている訳ではないので、追 い抜く時に余程のぞきこまない限り前面は分からない。反対に背面に入っている文字はよく覚えている。ということは、マサイの後ろを走っていた人たちはこの 「Team Jesus」の文字が頭に焼き付いていたはず。

自分もイエス様の名前を背にして走れるので嬉し かった。単に好きで走っているのではなく、きっとこれが伝道につながると思って走っている。イエス様の名前を背負っているので、へろへろになったり、歩い たりしたのでは恰好がつかない。エイドステーション以外では立ち止まらない事を自分に言い聞かせながら走る。

ピリピ3:14
キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

29〜38kmの間の9kmが一番辛かった。ウォークマンで音楽でも聴きながらというのであれば良かったのだが、長時間走っているとだんだん飽きてくる。35km過ぎにあるエイドステーションで出してくれる大会名物のシャーベットを食べて少し元気を出す。

沿道でいろいろな人が声をかけてくれる。38km過ぎにいたおじさんは「マラソンはメンタルなものだから、あきらめないで走れ。次の鉄橋が見えてきたらゴールだ」とはっぱをかけてくれた。この声がマサイを奮い立たせてくれる。こんな声一つからでも十分元気がもらえる。

詩篇121:1〜3
私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。

あと2kmという表示が見える。もう40kmも走っているのかと自分で驚く。42km地点を過ぎてから猛スパート。最後の195mを駆け抜けてゴール。初マラソン、無事初完走。タイムは4時間12分27秒。細君に予告しておいたタイムより15分遅れた。

細君はゴールで待っていたのだが、一番のゴールラッシュの時間帯で、見逃していないかとはらはらしていたらしい。しかししっかりと見つけてゴールの瞬間を見ていてくれた。

ゴールした瞬間何を思ったか。達成感か…。両手 を上げてゴールして、時計を止め、タイムを確認して、足を止める。歓声がたくさん聞こえる中、目の奥が熱くなって、涙が込み上げてきた。辛かった、辛かっ たんだ。でも走れた。イエス様感謝します。42.195kmを走りきりました。

「完走したね」、ゴール後細君が声をかけてくれる。ゴール後全ての音が消えて、ふっと気が緩む瞬間。細君に何か言われても言葉にはならなかった。今まで参加したどの大会のゴールとも違う。

フルマラソンのゴールの感動は、走った者にしか 分からないとよく聞く。確かにそうだ。後ろには42.195kmだけでなく、練習で走った長い距離がここにつながっている。体を壊さないように、病気をし ないように、などいろいろのことを気遣ってきたことがここで一旦終わる。解放された直後の安堵感と、気が抜けていくような思い。

自分のシートに帰って来る。健康の為とは言いな がら、一番体に悪いことをしていたのかもしれない。両足は痛い。右腕は曲がったまま伸びない。シューズを履き替えようとすると、右腿がどの角度にしてもつ りそうになる。何でこんなに苦しいことを…と、ころっと横になる。自分がカラカラになったような気がした。

しばらく横になっていたが、体が冷えてきたので 食べ物を買いに行く。会場内にはたくさんの飲食ブースが出ている。舟渡ラーメンを長い行列に並んで買う。麺が入り、具を入れた最後に乗せてくれた海苔に白 字で「祝 完走」と書いてあった。これを見て実感と満足感が沸きあがってきた。辛かった。辛かったんだ。でも完走出来たんだ。

今まで細君は心配していた。レース中、着地時に 片足にかかる重量は体重の3倍といわれる。寒い朝のトレーニングは心臓に良くない事もある。であるから早朝トレーニングに出かける時は、もし途中倒れても 身元が分かるように、名前、電話、血液型を書いたメモをリストバンドに入れて走っていた。走り出せば2〜3時間は帰って来ない。細君は夫が帰って来るまで 救急車のサイレンが聞こえる度に心配していたという。途中エネルギーを補給しながら走らなければいけないような運動は体に良いわけがない。フルマラソンは これが最初で最後にしてくれと言われていた。そんなレースが終わって細君もほっとしているようだ。

詩篇138:1〜3
私は心を尽くしてあなたに感謝します。天使たちの前であなたをほめ歌います。
私はあなたの聖なる宮に向かってひれ伏し、あなたの恵みとまことをあなたの御名に感謝します。あなたは、ご自分のすべての御名のゆえに、あなたのみことばを高く上げられたからです。
私が呼んだその日に、あなたは私に答え、私のたましいに力を与えて強くされました。

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