救援募金


10月23日地震の起った時間は丁度ホテルの 18階で会議をしていて、マサイは立って喋っている真っ最中だった。立ちくらみがするのか、原稿に目を落としていると、くらくらする。ぐるんぐるん回って いると思ったら、地震だった。そういえば最初は下から突き上げられるようなものがあった。高い階にいるので耐震性の関係か、一緒に揺れながら、それを吸収 するように設計されているのだろう、地上よりは揺れが増幅されているに違いない。新しいビルが崩れる訳がないと思っていたので、安心はしていたが、パニッ ク寸前の人もいる。エレベーターが止まり、レストランでは調理台のガスも止まった。一度で安心していたらその後2度3度とも同じような大きさの揺れが来 た。心配してあちこちへ携帯で連絡をとろうとしたが、携帯が使用できない。いったい地上ではどうなっているのだろうか、電車は止まっているに違いない、と 憶測していたが、新潟があれほどひどい状況になっていようとは思いも寄らなかった。

翌日の新聞を見て驚いた。道路があんなにも紙切 れのように千切れてしまうものなのだろか。自然の力ははかりしれない。阪神大震災を思い出す。あの時は教会からも何人かがボランティアとして現地で支援活 動をした。神戸や新潟と、ちょっと離れたところではあるが、いつこちらで起らないとも限らない。人事ではない。

11月7日の屋外のイベントで新潟県中越地震救援募金をした。箱の前に立って募金をほぼ1日呼びかけた。募金に対しては皆協力的だった。それが実に気持の良いものだった。

「少ないけど」「気持だからいくらでも良いのよね」。硬貨を入れる人はほとんどこのどちらかを言ってから入れる。

「良かった、どこへ渡せば良いか分からなかったから」気持ちはあるのに、届け先が分からなくて本当に困っていたらしい。

「本当に可哀想だったよね」実感がこもっている。

「実は私もあの地震にあったんです」。法事に行っていてあの地震にあった人。大変だったらしい。

「本当に新潟に行くんでしょうね」。こういう意見は何件もあった。あてにならない団体が随分あるらしい。しかしそう言いながらも募金はしてくれる。

「本当に困っている人には届かないのよね」ちゃんと届けます。あなたの優しい気持も。

「有り金入れてくよ。帰りの電車賃だけは残しておいてあるから」実に明るい。

実に有難い温かい心を一緒にもらった。子供たちも手の届かないテーブルの上の箱へ、精一杯背伸びをして入れてくれた。老いも若きも被災地の人の為になれば、と願っている。

地震発生から2週間以上経って、公立の小・中学 校が授業を開始した。脱線した新幹線もやっと移動できた。元通りの生活になるにはまだまだ時間がかかりそうだが、被災地の復興を願う人々の誠意を送ること が出来た。しかしそれで終わりではなく、完全に復興するまで祈り続けたいと思う。

マルコ12:41〜44
それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちが大金を投げ入れていた。
そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。
すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。
みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」

戻る