おふくろの味


母親の見舞いに実家に行く。母は病後の回復も順調で、大手術の後とは思えないほど元気になっている。もう普通に一人で買い物や散歩に出ているという。悪いところが体から全くなくなったので、すっきりしているようだ。顔色も良いし、見舞って安心する。

寄ったついでに昼食をとらせてもらう。昼に行く と言っておいたので、酢豚を作っていてくれた。年寄り2人だけ(72才と70才)だとめったに肉を食べることなどないという。皿いっぱいに盛ったのを親子 三人で取り分ける。いつも両親2人だけで食べているつもりでお茶碗にご飯をつけてくれたのだろうが、あまりの軽さ、少なさに驚く。茶碗も普通より少し小さ い。「なんだこれだけ?」と言うと、「おかわりすればいいじゃない」と言っていたが、70才を過ぎた2人の食生活はこんなものかと思った。

食べてみて考えた。マサイはこの母親の味で育っ たはずだ。婆さんが同居をしていたことはない。父親は台所に入らないので、いつも食事を作ってくれたのは母だ。途中一人暮らしがあったものの、29年間は 食べてきた。しかし食べていて、何かいわゆるおふくろの味=美味しい、懐かしい、といったものと違うものを感じた。結婚後12年間で妻の作る味にすっかり 慣れてしまったのか。確かに妻の作ってくれるものは皆美味しい。だから味覚も変わっているのかもしれない。

昔母はテレビの料理番組で紹介されたものを作っ てくれた。よく父が「これは何チャンネル?」と聞いていた。仕事の関係で外でいろいろな食事が出来る父と違って、家を守っていた母はめったに外出しない。 新しい味や料理を食べて開拓する事など出来なかったので、そう揶揄されると反論していた。それでも体に良いと言われる物はよく作ってくれたし、マサイの高 校3年間は毎日弁当を作ってくれた。焼肉が一面に乗った弁当はボリュームたっぷり。この焼肉弁当はクラスの中では有名だった。

婆さんの味はどうだったのだろう。父方の祖母の 味は覚えていない。栗ご飯をご馳走になった記憶があるが、美味しい栗も子供の頃はご飯に入った異物にしか感じられずに、いやだなぁと思いながら食べてい た。量は少なかった。年寄りの取る量だったのだろう。父方の祖父母との食事は手作りというより外食が多かった。母方の祖母の味は母親と同じ。こちらは手作 りの印象。覚えているのは煮こんだ物など食材の色が濃い物ばかり。あまり食べなかった子供の頃、爺さんに「婆さんの料理がまずいのか」と、まずいから食べ られないのではないか、と聞かれた記憶がある。単に食が細かっただけ。

母の作ってくれたものの中で一番美味しかったも のは何か、と考える。もう一度食べてみたい味。改まるとなかなか思い出せないものだ。餃子が美味しかった。キジ丼も美味しかった。鯵の南蛮漬け。お握りは あまりぎゅっと握らないので、食べているとすぐにバラけてくる。だって、熱いんだもん、というのが母の答え。

酢豚の皿は空になったが、大半は自分で食べてしまった。父はおかずと好きなフランスパンをちぎりながら食べている。母はお尻やももについた贅肉が落ちたのは嬉しいが、頬の肉は元に戻ってしまったという。見た目には以前と変わらない。少ない量を少しずつ食べていた。

しかし良く考えてみると、年取った両親2人の食事は、塩分を控え、総カロリーを控え、といった病人食に近いようなもの。その上コレステロール値の高い父に合わせてのメニュー。お袋の味も必然的に変わって来ているのだなと思う。何か急に2人を労わりたいような気分になる。

箴言9:5
わたしの食事を食べに来なさい。

快気祝と2人の誕生祝の食事会でも、と 話しを切り出す。2年前、父の70才の誕生祝は銀座で鳥料理を食べた。しかしもうそれほどたくさん食べられないし、肉や鰻というよりも、築地で美味しい鮨 が食べたいという。そうすれば帰りの電車も乗り換えなしの一本で帰れる。手術した病院の近くを見て回りたいらしい。すでに病院も思い出の地になった。喜ん でもらえるような食事どころを探そうと思う。



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