おはようございます


朝、走ることを始めた。出勤前や礼拝前に早起きして走っている。毎日ではないが、平日は5時過ぎに起きて6km、日曜には15〜21km走る。目覚ましがなくても起きられる。起きる瞬間は辛いが、走って帰って来る頃には実に爽快な気分になる。

マラソンの雑誌や本を読んでいると、フルマラソ ンに挑戦するには毎日どれくらいでも走らなければならないような気分になってくる。記事を読むと、皆月間走行距離150kmとか200kmとか、うらやま しいくらい走る時間を確保している。走る時間が取れるのは朝か晩なのだが、夜は暗くて危険なので朝を選ぶ。早朝の空気は気持ちが良い。犬を散歩させている 人、ウォーキングをしている人とすれ違う。ジョギングをしている人は思ったより少ない。高齢の人が多いが、皆だいたい同じ時間に家を出てくるようだ。だん だん顔を覚えてくる。

すれ違う時や追い抜く時に挨拶をする。「おはよ うございます」と言う。いきなり後ろから声をかけられるので驚くような表情をする人も多いが、たいていは嬉しそうに返答してくれる。この場合運動している 人にだけ声をかける。朝帰りの人にはかけない。何度か繰り返していると向こうも覚えてくれて、最初から笑顔を向けてくれる。明るく返答してもらうと、実に 気持ちが良い。明るく一日が過ごせそうだ。

挨拶というのは基本だと思うのだが、しないとい うか出来ない人が多いようだ。大人もしかり、子供もしかり。それを口やかましく言うのは、変な親爺みたいでいやなのだが、細君はそういうのは昔近所の大人 が注意していた。それが当たり前だったし、近所の大人に会ったら子供は挨拶をしていたと言う。

団地なので出勤時に近所の子供に会う。「おはよ う」「…」、「おはよう」「…」2度こちらから声をかけてみて、何の応答もない。向こうはこちらが声をかけているのだから気付いているはず。さてここから 先、「挨拶くらい出来ないのか」と怒るべきなのか、「挨拶くらいしろよ」と注意するべきなのか。そんなことを悩んでいる自分が悲しくなってくる。変に照れ ているから挨拶できないのだろうか、息子には知った大人に会ったら先にこちらから挨拶をするようにと、言っている。

ではそんな子供も大人になったら自然に挨拶をす るようになるかというと、そうでもなくて、大人でも出来ない(挨拶をしない)のがいる。子供の頃から出来ないのは大人になっても出来ないまま。中には外人 には満面の笑みを浮かべて挨拶をするのに日本人にはしないというゲンキンなのもいる。

自分から先に声をかけてしまったほうが、気持ち も楽になる。何となく目が合わなかったので最初に挨拶しなかった後、周回コースで何度も会う事になっていつまでもいやな気分でいたということもあった。自 分のからに閉じこもっていないで、ぱっと自己開放をしてしまうと、明るい気持ちになれる。

朝の走る時間は、イエス様との対話の時間でもあ る。走りながら一方的に祈っているのだが、祈っているとあっという間に距離が進んで行く。平日は近所の浄水場の回りを、日曜礼拝の朝は多摩川の河原のサイ クリングコースを走る。朝は強くなったのだが、夜は23時になるとエネルギーが切れる。起きていられない。でもウェイトは減って、ズボンがゆるくなった。

マルコ9:15
そしてすぐ、群衆はみな、イエスを見ると驚き、走り寄って来て、あいさつをした。

1ペテロテ5:14
愛の口づけをもって互いにあいさつをかわしなさい。キリストにあるあなたがたすべての者に、平安がありますように。

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