辞めるなら


11月号で書いた高校の同窓会にはクラスの約半 分が出席した。すぐに顔の分かる者もいたが、お互いに誰だっけかなと思いながらしばらく話をしたのや、最後まで記憶と結びつかないのもいた。スピーチタイ ムは、一人一人が卒業以来の25年を語るのだから長くかかる。驚いたのは、ほとんどが転職経験者だ。昔であったり、最近であったりの差こそあれ、1〜2回 転職している。学生服を脱いで社会に出てから、いろいろな事があったようだ。

マサイも新卒で入った会社を3年半で辞めてい る。退職金支給対象が在職3年以上からだったので、この期間になった。マサイの学生時代は就職難の時代で、なかなか希望通りの職に就けなかった。会社訪問 では精力的にPRして回ったのだが、希望の会社は募集人数が少ないところばかりだった。それでも受けないで後悔するよりは、受けて落ちた方が後々気持ちが 良い、と信念を貫いたが玉砕。就職浪人するよりは、とクリスマスに受けた会社に合格した。全く希望職種とは違う会社。現実は厳しい。実はここは就職試験を 受けると申し込んでおきながら、一度は行かずに断った。もう駄目だろうと思っていたら、学校の都合で来られなかったのでは仕方がない、と別の試験日程を組 んでくれた。今思えば優しく迎えてくれたものだ。入社試験翌日合格通知が来た。入社式では新入社員代表挨拶までした。しかし希望と全く違っていた為に最初 から不満があった。持たなくても良いプライドの問題なのだが、自分の中では片付かない大きな問題だった。どうして自分がここに?もっと自分を活かせる場所 があるはずだ、と自分勝手に不満を募らせていた。

いつかは辞めるつもりで働いていたのだが、辞め てすぐに良い環境に移れる訳でもない。厳しい就職状況は変わらない。あれだけ不満ばかり言っていたから、辞表を出せばさぞスッキリするだろうと思っていた ら全く違う。辞表を受理してもらった後実際に最後の日まで、部外者が会社の中にいるような居場所のない、変なよそよそしさを感じた。皆と不満を語っていた ので、先に辞める決断をした者に続く人間がいるかと思っていたら、ぽんと突き放されたような感じだ。自分で勝手に辞めると言っておきながら、変に物悲しい 気分にもなった。開放感すらない。

辞めて何をする当てもない。一番親を心配させた かもしれない。もう一度大学の別の学部に編入してやり直せと言われた。そんな気もない。学校を順調に卒業してやっと就職して親の役目も終えたとほっとして いたのに、その安心が崩れ去るような事をしたのだから大きな心配の種が出来た訳だ。しかし本人は職安に通いながら、どうにかなるだろうと、今までゆっくり 読めなかったニーチェやトーマス・マン、ドストエフスキーの本を家で読んでいた。英会話の夜間学校に通い始めたものの、それ以外は有り余るほどの時間があ るのに、それを有効に使えていない。この時何社か入社試験も受けたが、これといった感触もない。もう一度謝ってもとの会社に帰ろうかなどとも考えてみる。 辛かった事は全て忘れて、楽しかった事だけ思い出している。

この時、皆世の中のどこかに属しているのに、自 分だけどこにも属するところのないような孤立感を味わった。誰も自分を認めてくれない。自分が外れても一向に変化なく世の中は回っている。こうなると存在 の不安を感じる。カフカの「変身」や「審判」の世界。回りから一人だけはみ出ている。世の中から拒絶されているような気分。このことは余程精神的にこたえ たらしく、就職が決まった後も何度も夢に見た。やっと仕事に就いたのに辞めてしまって、ああどうしよう、何で辞めるなんて言ったのだろう、もう取り返しが つかない、と後悔して悲しくなっている夢。さすがに最近は見なくなった。

一度ついた職を辞めないでいられるなら、その方が良い。もし自分に合っていないと感じたのなら、次を決めてから辞めると良い。仕事について相談されるとそう答えている。

箴言16:3
あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。

テトス3:14
私たち一同も、なくてならないもののために、正しい仕事に励むように教えられなければなりません。それは、実を結ばない者にならないためです。


戻る