頑張って下さい


5月号でマラソン初挑戦について書いた。残念な がら4月の大会が中止になったので、走ってどうだったということは書けなかった。目標を目指して一心に走るとピリピから聖句を引用したが、その後も「いつ かはフルマラソン完走」という目標を目指して一心に走り続け、10月と11月に2つの大会に出場した。

よくマラソン大会のゴール後のインタビューで 「皆さんの応援が励みになりました」と沿道やスタジアムのお客さんが声援を送ってくれた事に対して御礼を言っているのを聞く。これをスタジアムを埋めたお 客さんへのリップサービスだろうくらいに思っていたが、実は選手にとってこれが本当に有難いものなのだ、ということを2つの大会で実感した。

まずは第24回八ヶ岳ロードレース。マサイは40才台10kmの部。妻子は親子ペアの部3kmに出場。八ヶ岳高原道路からスタートして、清里清泉寮前がゴール。

計測用のマットを踏んでスタートする。ゼッケン をつけて走るのは初めて。それだけで嬉しい。すぐに登りになったが、後は下りが続く。八ヶ岳牧場を過ぎる頃は回りの紅葉を眺めて綺麗だなぁと考える余裕が あった。マイペースで歩幅を刻んでいくが、下り斜面がきつくなって歩幅が広がってくる。無理をしているのでペースも乱れる。甲斐小泉への交差点では地元消 防団の人が沿道で手をたたきながら「頑張って下さい」と応援してくれる。応援の有難味を感じる。言葉にこもったエネルギーをもらったようで確かに元気が出 る。

折り返しは給水ポイントでもある。「山の水です。美味しいですよ〜」と女性がひしゃくでついで出してくれる。苦しくてしようがないのだが、この言葉にもレースのことを忘れさせる温かいものが有る。

折り返すと今迄下った分登ることになる。登りは 歩幅を小さくして小刻みに行く事を心がける。いつまでも続く登りに息が切れる。スピードも上がらない。坂は果てしなく続くように思える。そんな時スタッフ の人達が「もうちょっとですよ〜」と声をかけてくれる。そうかもうちょっとか、と自分でも繰り返して奮起する。

ゴールではカメラを持った妻が迎えてくれる。ほぼ考えていた通りのタイムだった。中学の頃2kmのマラソンが大嫌いだったのに、初マラソンで10kmを走りきれたことが何より嬉しい。妻子も初マラソンだったが、19分56秒でゴールしたという。

気を良くして次は倍の距離、ハーフマラソン 21.0975km 。2003多摩川ハーフマラソンin川崎に参加。36〜49才の部。南武線の鹿島田の駅から行く古市場競技場をスタートして多摩川沿いを走り、溝ノ口の先 で折り返すフラットなコース。目標は完走。ここでもコースに等間隔に立っている救護の人達が応援してくれる。「頑張って下さい」の一言なのだが、嬉しいも のだ。個人競技なのでたった一人で走っているように思えるが、こういう沿道の応援があってこそ走れる。誰も見てない、誰も声をかけてくれないという状況 だったらさぞ走るのは辛いだろう。

しかし結果は後半がボロボロだった。12kmま ではずっと同じペースで栄光のゴールの瞬間を思い描きながら走っていたが、折り返してから向かい風。辛くなって突然ペースが落ちる。15〜17kmあたり ではエネルギー切れでもうろうとしていた。睡魔にも襲われた。フィニッシュだけは走り抜けたが、まったく体力は残っていない。とにかく途中倒れずにゴール できた事でほっとしている。妻に聞くと顔面蒼白だったらしい。

体力も気力もなくなった状態で帰って来たが、妻がゴール付近で手をたたいて「ラストラスト〜」と声援してくれたのがとても嬉しかった。帰って来る目標タイムを言っておいたので、その時間から帰って来る人皆を励ましていたらしい。30分も手をたたかせてしまった。

第一テサロニケ5:11
ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。


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