蒔かれた種


同窓会の案内が往復葉書で着いた。実に懐かしい 名前が幹事として2名列記してある。「高校を卒業してから四半世紀」と挨拶文の冒頭にある。もう25年もたったか。それぞれ当時の我々と同じ年の子供がい てもおかしくない。マサイが高校に入った時、父は今のマサイと同じ年齢だ。

15歳の時から3年間クラスが変わらなかったので、ずっと一緒にいた連中だが、今も定期的に会っているのは1人だけで、それも年に一回という頻度。葉書を見ているだけで頬が緩んでくる。嬉しいものだ。

男子校なので男ばかり50人のクラス。黒い詰襟 の集団が思い浮かぶ。G組だったが、マサイの年代と、1学年上の2学年しかG組というのはなかった。その他の学年はA〜F組までの6クラス。1つのフロア に教室が6つしかないので、7クラス目のG組は校舎の正面から見ると地下、裏から見ると1階に教室があった。同学年でも他のクラスとの交流がなかったの で、その分結束していて面白かった。

何回か月刊マサイに出てくるが、マサイの通って いた高校はローマ字のヘボン式で有名な、ヘボン博士によって建てられたクリスチャンのミッションスクール。ここに通うようになった経緯は以前の号を見ても らうとして、ここで聖書と賛美歌を初めて自分のものとして持った。当時を思い出してクラスに誰かクリスチャンの家庭で育ったのがいただろうかと考える。1 人、2人いたのだろうが、確信はない。ミッションスクールといっても、クリスチャンの子供だけが集まるところではない。

多感な時期に聖書を学んだ者のうち、何人がクリ スチャンになっただろう。同時期に授業の中で同じ御言葉によって種を植え付けられたはずだが、良い地に落ちた種はいくつくらいだったか。これが会うのが楽 しみな理由の一つである。マサイは2年時の聖書の授業中にあった先生の一言がきっかけで、卒業後13年して聖書を通読した。そしてクリスチャンになった。 13年以上かかって発芽したわけだが、以後は主に守られて歩んでいる。

イエスは多くのことを、彼らにたとえで話して聞かされた。「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。
蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。
また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した
しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。
また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。
別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。(マタイ13:3〜8)

2ヶ月前、有楽町の東京フォーラムで私 立学校がたくさん集まって、入試説明会を開催した。この時にごった返す会場の中に母校のブースを見つけて行ってみると、昔日本史を習ったK先生が受験希望 者に説明をしていた。当時の男子校もいまや男女共学。最近は学校のホームページも充実しているので、学校の様子は同窓会報の他、インターネットでも見る事 が出来る。待っていても先生の話しがなかなか終わらないので、学校案内のパンフだけをもらってきた。全然別な学校のような印象だが、メインは変わらず礼拝 堂での礼拝風景の写真だった。

25年前、50人に蒔かれた種はどうなったのだ ろう。たまたま入れた学校がミッションスクールという境遇がそうさせたとはいえ、週一回の聖書の授業と、週2回の礼拝で主とは出会っているわけだ。その後 個人的に主と出会ったのは何人いるのか。当時種を蒔いてもらった所にクリスチャンとして帰るのは何か晴れがましくもある。ほら見て、ちゃんと芽が出たよ、 と胸を張って行かれそうな気がする。

主はいろいろな方法でイエス様と出会う機会を与 えてくれている。それは人生の中で何度もある。だからどの時点で自分から主と向き合うようになるかが問題なのだが、主の壮大なご計画には驚くばかり。いろ いろ不思議なことが折り込まれて主につながっている。25年前に折りこまれたご計画、さぁてどうなったかな。


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