初めての面接官


先月号に書いたような人事があったので、引継ぎで毎日忙しい。メモリー容量が決まっているのに、それ以上を詰め込んでいる。分らなくなりそうなことは、とにかく細かくメモをしているのだが、果たして9月以降一人で出来るものやら不安になる。

自分が一人でやらなくてはならない一番肝心な作 業は一通り覚えた。次は皆のやっている作業も覚えて、自分でも出来るようにしておく、という仕事が残っている。完全引継ぎまでの日まで後40日。自分一人 で何でもするのなら自信はあるが、人に指示を出しながらまとめていかなければならないというのは、何より苦手である。

朝、部長に呼ばれる。先月号と同じで、「呼ばれる=怒られる」という図式が頭の中に出来上がっている。過去の経験によるものなのだろうか、ろくなことは考えない。わずかな時間に、考えられる限りのあらゆるケースを考え出して、それに対処する言い訳も考える。

話しを聞いてみればアルバイトを一人内勤で補充するからという話。ほっとする。イエス様有難うございます。ついては今日面接に3人来るので(急な話で、あと30分しかない)、内勤の責任者として出席するように、という。

面接は今まで数々受けてきたが、する側になるのは始めて。履歴書のコピーを渡される。面接官は6人。入社希望者が1人ずつ部屋に入ってくるのを迎える。これでは驚いて話しもし辛いだろうに、と思う。

過去最初に受けた面接は高校入試の時。大学入試 の時はなかったので、次が就職試験の時。就職試験の時は何社行ったか、ずいぶん面接を受けた。6対1というのもあったような気がする。第一志望の会社では 緊張の余り、何を喋ったか記憶がほとんどない。その後少しは慣れてきたが、いきなりイギリス人が出てきて喋ってみなさいといわれた時もあった。面接される 側は、会社に入りたくて一生懸命自己PRをする。しかし実際受けてきたのは採用する為の面接ではなくて、落とす為の面接であったような記憶がある。篩にか けて良いのが残れば良しといったところか。

面接する側は何を見ているのだろう。どういう基準で採用を決めるのか。立ち会うのが初めてなので、面接官として緊張している。心の中でイエス様に助けを祈ってみる。

何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(コロサイ3:23)

し かし受ける方も、入ってきた時の動作から、荷物を置いて座るまでを6人がじっと見守るのだからいやな気分だろう。気持ちをほぐすような話から始まる。今ま での職歴、仕事に対する情熱などを聞く。履歴書を見ている時は皆字が綺麗で、どの人も良いなあ、と思って話していた。「まあゆっくり丁寧に書けますから ね」とクールな発言もあった。

話してみると3人3様なのだが、これといって飛 びぬけたところもない。働きたいという意欲は皆同じ。何でもやります。お茶出しも問題ありません。厭うものなし。最近パソコンが出来るなどというのは特殊 技能に入らないらしい。何か質問はありますか、と聞くとあまり質問は返って来ない。失礼なことを聞いて落とされるよりは、おとなしくしていた方が良いと考 えてのことだろう。

やり取りを聞きながら考えた。この就職難の時 代、これで合格しないと困るのではないか。合格なら収入は保証されるが、不合格の場合は収入のあてがなくなる。大学を卒業してもなかなか正社員としての就 職は難しいらしい。不合格の場合、怨恨が残って、一生我が社の商品を買ってくれなくなるのか。アルバイトとは言え、その人の一生にとってこの合否は大きな 問題となる。出来れば全員にいやな思いはさせたくない。しかし会社としても人件費という大きな出費を伴うものなので、いい加減に容姿やフィーリングで選ぶ わけにもいかない。個人がどうのではなく、会社としての考えに立たないといけない。この場に一番ふさわしい人を選べるように祈る。

あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、(箴言2:2)
そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう。(箴言2:5)

決め手となったのは、今部内にいるメン バーの中に置いた時にどの人が一番協調して上手くやってくれるかということ。正社員でバリバリやってもらうのではなくアルバイトなので、基準はまた違って くる。数々の資格や留学経験よりも、社内に置いて見た時の皆との仕事の具合を考えて一番良さそうな人を選ぶ。皆同意見だった。残りの2人ごめんなさい。

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