地の塩、世の光


マサイはサラリーマン、外勤職で外回りをしてい る。以前は外に出れば糸の切れた凧とまではいかないが、取引先にいる以外は連絡がつかないので随分気楽でいられたが、今は携帯電話があるのでそうはいかな い。容赦なくいつでも仕事は追いかけてくる。かけてくる方も緊急だったり、重大な事だったりを連絡してくるので、携帯電話が鳴るというのはロクなことでは ない。しかもかかって来る時は集中してあちこちからかかってくる。かかってくれば、オフィスにいなくてもその場で問題を直ぐに片付けてしまわなければなら ない。昔よりは時間を有効に使っているのだろうが、仕事量も確実に増えている。15年くらい前に参加したセールスのセミナーで「私は名刺に年中無休と書い ている」、と豪語していた人がいたが、携帯電話を持っている限り、皆年中無休、しかも24時間営業だ。

それでも最近は通話が高くつくので、用件はメー ルで流れてくる。返事もメールで返すようにという業務命令。見ませんでしたで済めば良いのだが、そうもいかない。そうすると携帯を始終チェックしていなく てはならない。メールは一方的に流れてくるので文面からその真意が読み取れない時がある。いきなり部長から「今日話しがあるから何時に帰って来れるか」と いうメールが入る。用事は片付いていたから12時までには帰れると返信したが、これをどう取るかで頭を悩ませる事になる。「話し」って何だろう。こうなる とだいたいが悪いことばかり頭に浮かんでくる。まずは怒られそうなことから。その一つ一つに完璧な言い訳を考えて置く。頭の中でシミュレーションを繰り返 す。何の話しだと言ってくれていれば落ちついていられるが、会社に帰りつくまで気もそぞろになる。人事異動、これもあまり好ましくない話題だ。これについ ても可能な限りのシミュレーションをする。イエス様、どうぞお守り下さい、と電車の中で祈り続ける。

会社に帰っても部長はすぐに話しかけて来ない。 急がしそうに打ち合わせをしているのを目で追ってみる。急ぎの用でないのなら、呼び出さなければ良いものをと思う。やっとじゃあ昼飯でも食べながら、とい うことになる。しかし出た話は、あぁそっちか、まぁだいたい予想はしていたけどね、というもの。ほっとする。イエス様感謝します。内勤の責任者が定年退職 するので、その後任にというもの。まるきり中に入るのかと思ったら、外勤をやりながらの兼務ということだった。人間関係も含めてまとめてくれと言う。人間 関係もという部分がぼんやりした提案なので、ぼんやり「はぁ」と返事をしておいた。「それなりのことはするから」ともいう。「それなり」とはまたあいまい な表現だ。取らぬ狸的なことを考えて喜んだ後で落胆するのもイヤなので、その事については考えないようにする。

半月経った7月1日になってやっとその「それな りのこと」が発表になる。「8月から副部長だから(マサイは課長だった)」と言う。狸の皮算用で落胆しないで済んだが仕事の増える事には間違いない。手放 しに喜べないところもある。でも、イエス様感謝します、とすぐに心の中で祈る。辞令を我が家と実家へFAXする。細君からは直ぐに携帯に電話がきた。実家 からも帰宅前に電話があったという。皆に「おめでとう」と言われる。地の塩、世の光となっているのかな、と嬉しく思う。

主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。(エレミヤ17:7)
若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。(詩篇34:10)

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