目的がなくては


4月27日に開催される第7回東日本親善マラソンに参加申し込みをした。マサイは新設の10kmの部、妻子は 親子ペアの部(2km)。ジョギングからフルマラソンまでの練習方法を解説した本を買ってきて、その日に向かって練習を始める。金曜日の夜スポーツクラブ で5km走り、日曜日の午後は近所にある浄水場の回りを10km走る。マラソン選手さながらに時計でペースをチェックしながら走るようになった。

 マラソン大会に出るのは初めてだ。昔からマラソンが得意だったわけではない。反対に長距離は苦手だった。中 学生の頃、毎週火曜日の授業が終わった後に海岸マラソンというのがあった。酒匂川の河口と相模湾に面した立地条件を生かして、全校生徒がいっせいに砂浜を 2km走る。最初は片道1kmの1往復だったのが、途中から片道500mの2往復になった。砂浜はとても走りにくい。柔らかい砂に足がめり込むので、力が 奪い取られる。今のように運動に積極的にかかわっていこうという気構えがないので、辛いばかり。何とかしてサボることばかり考えていた。雨乞いは当然した し、早く行ってスタート地点の近くに落とし穴を掘っておいた時もあった。

当時マサイは短距離ならなんとかなるが、持久力 が体力、精神力共にない。おまけに2年生の頃はぶくぶくと太り始めて腹が出ていた。大好きな水泳だけは良い評価をもらえたのだが、後は全く駄目。であるか ら海岸マラソンに対しても辛い思い出しかない。目的を自覚してやっていないことに気力が充実するわけもなく、当然結果もろくなものにならない。卒業後6年 たって教育実習で母校に戻ったらまだやっていた。しかし今度は指導する立場なので、生徒に混って真剣に走った。

9年前、結婚の幸せ太りでズボンが皆きつくな り、危機感を感じてスポーツクラブに入った。ベルトコンベアの上を走るようなジョギングマシーンはあったが、体力がつかないうちはとにかく辛い。計器を じっと見ていても、走行距離も時間もなかなか進まない。今でこそ行く度にまず5km走るということが出来るようになったが、そうなるまでに体力をつけるの は何年もかかった。

最近は走ることが楽しい。自分のペースを維持し ながら、苦しくならないように走れる。強制されてスピードを競うのではなく、自分の健康のために楽しく走っているということが一番違う。喜んで走れてい る。そこへ丁度妻がこのマラソン大会の申込書をもらってきた。すぐに話しがまとまって家族で参加することにする。苦手だったマラソンに出られるようになっ たことが何より嬉しい。楽しいと思ってやっている事に大きな目的が加わったので、より情熱が高まった。ゆくゆくはフルマラソンに出場する為の第一歩、と夢 は広がる。

会場はマサイが幼稚園の頃住んでいた家の近く。 神奈川県相模原市にある米軍の総合補給廠(相模デポ)の中を走る。昔は年に一回文化祭のような催し物があって、この中に入ることが出来た。ヘルメットをか ぶってパラシュートの重いリュックを下げて撮ってもらった写真が白黒だが今でも残っている。構内を走りまわるジープを恰好良く思ったのも、コーラを初めて 飲んだのもここでだった。マサイにとって初めて接したアメリカだった。そんな懐かしい思いもあって、気分はより高まって行く。

しかしタイミングの悪いことに対イラク戦争が始 まってしまった。基地ではないから、とニュースを見ながら希望をつないでいたが、1週間前になってハワイの太平洋地区米陸軍総合司令部から「イラク戦争が 緊迫状態に突入したことに伴う警戒段階のグレードアップ」を理由にマラソン大会を中止せよとの通告があった。幸い申し込み金は手数料500円以外払い戻し してくれた。

最近も諦めきれずに走ってはいるが、大きな目的 がなくなって少し持久面で長続きしなくなっている。気分的なものが大きい。何事も目的をもってしないと気力や情熱が続かない。聖句の入ったTシャツを着 て、神の栄光をあらわすために走る。そんな機会は何時来るのだろう。いきなりフルマラソンという無謀なことは出来ないが、その「いつ」に備えて情熱も保ち 続けておこう。

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。(ピリピ3:14)


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