父の心配


小学校から連絡が来て、息子の視力が心配だという。視力検査をした時の数値が春より進んでいたらしい。春に 計った時は0.7くらいだった。この計り方も親の我々の時代と違うアバウトなもので、範囲がある。0.7〜1.0という計測結果。これを1.0ととれば問 題ないし、0.7ととれば心配だ。両者が同じに扱われているのはどうにも納得できない。本人はいたって何の問題もなく生活していたので、計測者の方を疑っ ていた。また初めての視力検査だったので、ちゃんと計れていたかどうか、怪しんでもいた。

 それが1年の終わりにもう一度計ったら悪くなっているという。しかしそう言われてもやはり信じ難く眼科へ連 れて行って正確に計ってもらう。両眼ともに0.15だという。0.1といえば一番上の丸がやっと見えるというもの。ちゃんと輪が切れている方向を言ったの か、と本人に質すとそうだという。本人は何となく見えているのでそれで問題なくやっているらしい。ドッチボールはキャプテンをやって捕ったり投げたり人一 倍球をこなしていたほどだし、テニスもラリーで250回続いたと誉められて帰ってきている。0.15の視力でそんなに出来るものなのだろうか。一体どこが 悪いというのだろうと思うのだが、こればかりは本人以外には分かりようがない。その本人は最初からそういうものなのだと思っているらしく、悪くなったとい う感覚がないようだ。

 外で遊ぶ以外にも絵や字を書くこと、本を読むのが大好きなのだが、それが影響したか。といって子供の視力が 悪くなるほど何時間もやっていたわけではないし、そんなにべったり顔を近づけて書いたり読んだりしているわけではない。前にも書いたが我が家はテレビゲー ム禁止令を出している。ゲーム自体がない。テレビは問題なく見えるらしい。近くで見ると目が悪くなるから離れて見るようにと、いつも注意していた。しかし テレビも1日に見る時間を制限してそれをきっちりと守っている。ますます原因がつかめない。

 子供のうちから眼鏡をかけさせるのは可哀想だ。大好きなスポーツが不便になるだろう。マサイは両眼0.1だ から帰り道に眼鏡をはずして歩いてみる。いきなり見えなくなったが、落ちつくともののあるなしはぼやぁっと分かる。全体的にもやのかかったようなもの。し かしこれでは不便だろう。

 マサイが眼鏡を初めて作ったのは大学に入った頃。大教室で黒板が見えなくなったので作ったのだが、授業中以 外はかけなかった。ずっとかけるようになったのは社会人になってからだ。遺伝的なものもあるのだろうか。そういえば現在は両親とその双方の両親、叔父叔母 従兄弟、合計9人皆眼鏡をかけている。

 幸い日常生活に差し障りがないようならすぐに眼鏡を作る必要はない、と医者には言われた。今は眼科で処方された目薬を2種類さして、視力回復プログラムというのを教えてもらってその眼科へ通っている。医者がくれた注意書きには 1. 本を読む時には腕をうんと伸ばして読むこと。30cm以内に目を近づけないように。 2. テレビを見る時は近くで見ないように。番組が一つ終わったら、10分くらい休憩しましょう。 3. 良く運動すること。食事のバランス、部屋の照明に気をつけましょう。訓練をしない日は30分以上遠くの山などを見つめましょうとかある。たまには遠くを見ないと、緊張したままの目の筋肉が緩まなくなるらしい。それをゆるめる為の訓練。

 人間には優れた再生能力があって、怪我や傷、骨折などは度合いにより快復にかかる時間に差はあるが、元に戻 る。何ヶ月か前に書いたようにマサイの右足の切れた筋肉も見事に治って、今では飛んだり走ったり出来るようになった。しかしこと視力、聴力、嗅覚、歯、と 顔にあるものに関しては快復しないように思える(素人が言っているので、医学的見地から見て間違っていたらごめんなさい)。

 マサイは自分のことなら頑丈に出来ていることでもあるし、主に祈り依り頼んで安心していられるのだが、こと 息子のこととなると、うろたえてしまう。何とか代わってやりたいと思う。そこで教会では皆に祈ってもらう。何より見えないことによって怪我や事故に遭わな いように。視力が快復するように。

ヤコブ5章16節 ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。

ということで、皆さんお祈りをよろしくお願いします。父マサイ

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