合格おめでとう


高校受験を終えた甥が合格したという連絡が入った。2002年度から学習指導要領改訂で、毎学期の通知表の評 価方法が変わった。変わって初めての入試で、今までと志望校選定方法に違いが出て戸惑いがあったようだ。昨年まで確実と言われていた高校へ評価方法が変 わっただけで行かれなくなってしまった、というのは可哀想だった。楽しみにしていたのに、2つランクを下げての受験だった。しかしめでたく合格したと喜ん でいるのを聞いて、こちらも安心する。

 昔々の自分の高校受験を思い出す。父親や伯父の母校でもある地域一番校に入れたい親の期待と子供の成績が一 致しない。マサイは目的を持って何かをしたり、良く物事を考える性格ではなかった。目的意識もなくただ勉強しろと言われて机に向かっているだけなので、何 をしても身が入らない。担任の教師は、無理して入った学校でビリにいるより、確実に入れる高校で上位にいた方が良いと言う。しかし地域一番校というのは高 級ブランドのようなもので、その名の力は強い。今にして思えば、この時相当みっともない悪あがきもした。

 行かれそうもないと分かったところで親が考えたのが、別ブランドである東京の私立高校に通わせること。父方 の親戚の手前、近所の手前、という親の都合によるもの。3年後の大学受験で浪人されることもいやがっていた。私立高校受験案内の本を買ってきていろいろ検 討していたようだ。マサイは今我が子を見て、行かれるところに行って、そこで好きになれることを一生懸命勉強すれば良いと思うのだが、そうは思ってもらえ なかった。一番校以外は悪、と始終頭に植え付けられていたので、次点の高校に行く事は、「恥ずかしい」ことだった。本人の意志もなく、親の言うままに東京 というブランドを選ぶ。

 毎朝5時半起床の通学が始まる。片道1時間40分。しかし何が幸いするか分からない。親が選んだのは、ヘボ ン博士の創立したプロテスタントの学校。1877年当時の名称は東京一致神学校。そこで初めて聖書と賛美歌を教科書として手に入れる。直接受け入れたイエ ス様との出会いではないにしても、ここで自分の内に御言葉が蓄え始められることになる。

 高校では週に1回聖書の授業があった。2年の聖書の教師(あだなが「アガペ」だった。)がしてくれた、聖書を初めて通読した時の話しが強い印象としてずっと頭の中に残っていたので、12年後に聖書を通読する事ができた。

 我が奥様も高校受験の前に東京から神奈川に転校したばかりに甥と似たような思いをした。1、2年生でのア チーブメントテストを受けていないので、成績が良くてもその成績通りの高校を受験させてもらえない。こちらも2ランク下げての受験を余儀なくされた。しか しここで交換留学生となってアメリカに行ったことが、遠からずイエス様との出会いにつながっている。

 主はイエス様と出会うように、誰にでも必ずそういう機会を備えてくれている。最初は不本意に思えるような事であっても、それが主の恵み。不思議な業が働いている。

ローマ人への手紙8章28節

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

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