アジアの日本


元テニスプレーヤーの伊達公子が中国へ招かれた時の話しが新聞に載っていた。「アジアの伊達公子」と紹介されたのが新鮮だった、という。自分は日本人としか思っていなかったけれど、回りの国に仲間と見てくれる人たちがいる、と感動を受けた事を書いていた。

 日本はアジアの一員でいながら、気分的にそうではない。サミット参加国と同じグループに入りたがっている。しかもこの感情は明治時代以来のものらしい。それだからか、同じアジア人同志でもうまくコミュニケーションがとれない、というのを今年痛感した。

 埼京線の中で女の子に乗り換えの仕方を聞かれた。乗っていたのは赤羽止まりで、川口まで行きたいと言う。同 じ駅に向かっていたので、一緒に行きましょう、と言ったら嬉しそうにしていた。中国から来て日本語学校に通っていると言う。高校を出て5ヶ月間日本語を学 んでからこの4月に日本にきたらしい。もう十分日本語を話せている。漢字は分かるというが、読み方は全く違うと言う。地図を持っていたが、だいたい分かる らしい。日本語上手ですね、と言うと、驚いて「まだまだ」という。「駅を降りてからは分かりますか?」と聞くと、「分かる」という。「感謝します」と言っ て改札を出てからは振り向きもせずに真っ直ぐ歩いて行った。

 先月号にも書いた夏の旅行にしてもそうだ。韓国、台湾の人と随分話す機会はあった。顔は同じようであるのだ が、彼らは食事の時に片方の肘をテーブルにべったりついて食べる。この習慣は日本人にはないので区別しやすい。しかし向こうは日本語で話しかけてきてくれ る。「それは何ですか?」マンゴスチンを食べていたら日本語で聞かれた。韓国のカップルだ。マサイが知っている韓国語は「アンニョンハセヨ」だけ。英語で 答えるしかない。相手は分かっているかどうか分からないので、身振り手振りつき。台湾の人とも英語だった。こちらも「シェイシェイ」しか分からない。若い グループだったが一度一緒のテーブルで食事をしたことがあって、挨拶をするようになった。見ると食前にお祈りをしている。何だ兄弟なのではないか。残念な ことにやっとお互いに喋るようになったのは、彼らが帰る日だった。もっとゆっくり話せば良かったと後悔する。行った先のインドネシア語は、3=ティガとい う言葉しか知らない。これはビーチタオルを借りに行く時だけ役立った。

 同じアジアだからと言って、コミュニケーションの取り方は非常に難しい。勉強不足と言えばそれまで。今まで 英語圏やドイツ語、フランス語、スペイン語の圏内に行く時はしっかりその国の言語を勉強して行ったが、今回は全くして来なかった。英語が分かれば十分だろ うと思っていた。しかし今年目をアジアに向けて見ることの重要性を感じた。アジアの一員としての日本を意識すること。こんなに身近に友人達はいるのだ。

 インドネシアではクリスチャンのリバイバルが起きていると言う。台湾もしかり。韓国に至っては人口の四分の 一がクリスチャンだ。しかし日本は未だに総人口の1%足らず。胸を張って言える数字ではない。帰国して早速語学参考書売り場に立つ。なかなか難しいもの だ。まず 1.有難う、 2.こんにちは、 3.私の名前はマサイです、 4.1〜10までの数字、 5.お願いします、がアジアの各国語で言えるように しておきたい。

詩篇147:14 主は、あなたの地境に平和を置き、最良の小麦であなたを満たされる。

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