10周年


5月9日、結婚10周年を迎えた。過ぎてしまえばあっという間だが、妻とはもっと長く一緒にいるような気がする。夫婦は似てくるといわれる。顔、雰囲気が仲の良い夫婦ほどどことなく似てくるようだ。幸いなことに我々も牧師に「良く似ているネ」と言われた。
 10年たってどうなったかというと、ますます妻のことが好きになっている。表情の一つ一つがとても可愛い女性だ。心から愛して いる。出来ればもっと前、子供の頃から一緒にいたかったと思う。教会の月報で、夫婦ものを対象に初めて出会った時のことを取材して、お互いの当時の印象な どを特集しようという企画を立てたので(マサイは教会の月報製作班にも属している)、自分のことも思い出す。
 1989年8月12日(土)成田空港北ウィング出発階Hカウンター、集合時間が10時20分だから、初めて顔を見たのもそのく らいの時間だろう。妻は「ジャンボアフリカ9日間」というインド経由でケニアに行き、サファリカーで野生の動物を追ってサバンナをかけまわる旅のツアーコ ンダクター、マサイはお客さん。受付で3番目に並んで順番を待ち、カウンターの向こうにいてテキパキ手続きをしている美人に一目惚れをした。妻によると、 行く場所が場所だから、汚れてもいいような、どうでもいいものを着ていたし、髪の毛は始めて行った美容院で失敗して、爆発したようになっているのをディッ プで押さえていたという。人は見た目ではないのだ。旅行の方は、主が地球を作られたばかりはこんな風景だったろうなぁ、と思わせるほど、大自然のすごさを 体験できた素晴らしいツアーだった。
 その後2年して結婚が決まり、妻の両親に挨拶に行く(もう一度やり直せと言われても、絶対にしたくないことだが―)。妻いわ く、絶対に大丈夫、灰皿は飛んでこないし、殴られる心配もないし、と言われていたが、いわゆる「お嬢さんを下さい」というのはこの上なく緊張する。神妙に なって肝心の一言を言った時に、クリスチャンの父が読んでくれたのが、聖書のエペソ5章22〜33節。「人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心 同体となる。」という箇所。その後に結婚の証人(いわゆる媒酌人・仲人)を頼みに行った父母の教会の牧師は、創世記2章19〜25節を読んで(ここも「男 はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」という箇所だった)、祈ってくれた。
 結婚後ずっと常に夫婦2人だけではなく、イエス様が一緒にいてくれる。イエス様を頂点とした三角形。底辺の頂点にいる2人が近づくには、お互いがイエス様に近づけば良い。そうすれば二人の間も自然に近づいてくる。この素晴らしい図式がずっと頭の中にある。
 大抵は結婚して何年か経つと、手をつないで歩くなど考えられなくなるようだが、我が家は普通にそうしている。息子が出来てもそ れは変わらない。それを見る周り方が騒いでくれる。「家では絶対に考えられない」という。夫婦別々に行動するカップルが多いが、我が家は何でも一緒にす る。最近は2人でそろってサーフィンを楽しんでいる。「おたくは仲が良いから」と言われる。夫婦なのだから仲がいいのは当たり前だろうと思うのだが…。
 結婚式で新郎の挨拶の時に「ずっと一緒にいたいから結婚した」と言ったが、今でもそれは変わらない。息子が出来て3人家族になったので、三角形が三角錐になった。立体になっても我が家の頂点には常にイエス様がいる。
エペソ5:22〜33
 5:22 妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。
 5:23 なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
 5:24 教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
 5:25 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
 5:26 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
 5:27 ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
 5:28 そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。
 5:29 だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。
 5:30 私たちはキリストのからだの部分だからです。
 5:31 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」
 5:32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
 5:33 それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。

創世記2:19〜25
 2:19 神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて来られた。人が、生き物につける名は、みな、それが、その名となった。
 2:20 こうして人は、すべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけたが、人にはふさわしい助け手が、見あたらなかった。
 2:21 そこで神である主が、深い眠りをその人に下されたので彼は眠った。それで、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。
 2:22 こうして神である主は、人から取ったあばら骨を、ひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。
 2:23 すると人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」
 2:24 それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。
 2:25 そのとき、人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。
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