卒園


幼稚園の卒園式が近い。家の中は小学校入学に備えて模様替えが始まっている。年少組から早いものであっという間に3年が過ぎた。これには感慨深いものがある。

3年前、入園式をあれほど楽しみにしていたのに、当日は母子ともに熱があって、小児科に寄ってから初登園した。息子は熱の為に少しぼおっとした表情で写真に写っている。 
近所の子どもとだけのものから一挙に世界が広がって、いきなり知らない子ばかりの中に行ったものだから、緊張もしていた。教室では輪になった椅子に座る よう先生が言っているのに、2人だけママの側を離れない子がいた。そのうちの一人が我が息子。家ではあんなに元気なのに…。徐々に慣れますから、と言われ ても、不安が大きくよぎった。

やっと輪の中に入れたが、本調子ではない。副担任の先生が皆に画用紙に書いた絵を見せて「これは何?」と聞いて、園児に答えさせている。こういう時、女 の子は元気だ。緊張のかけらもない子が多い。先生が絵を出す。皆が「自動車〜」と答えている。息子も分かったのだが、「ブーブー」と答えていた。まだ頭が ぼおっとしているようで大きな声ではなかったが、口の動きはそう言っているようだ。その時何か教え方を間違ったような気がして、息子に申し訳なく思った。
普通の保育が始まり、初めて一人で幼稚園バスに乗って出かけた日、ちゃんと帰ってくるか不安だった。持っていったものを全部持って帰ってくるだろうか? その前にバスに乗っているだろうか?会社を休んで出迎えたが、息子はちゃんと帰って来た。持っていったものも全部持って。

産まれて来る時には、元気でやさしい子を、とお祈りしていた。祈りがかなって、まさにそういういう子が与えられた。そしてどんな子に育つだろうか、と妻 と考えた。イエス様に喜ばれる子になって欲しい。親の思う通りにではなく、神様がこういう子に育って欲しいと思っている子にそのまま育てる。

入園時に「我が家の教育方針」を幼稚園に提出した。そこには聖書の教えを一番大切なものとして教えている、と書いた。正しい事と正しくない事の基準を聖書に置いて育てようというのが我が家の教育方針である。
私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。(第2ペテロ3:18)

それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。(第1コリント3:7)

 幼稚園の勝手が分かってくると、どんどん自分から動いて行ったらしい。先生の手助けなどもやっていたようだ。3年間で身長20cm体重12kg大きくなった。

小学生になるのを機に、今までパパが使っていた部屋を息子の勉強部屋にする。玩具を全部一つの部屋に集めたので、秘密基地のような場所が出来た。自分の 部屋が出来て嬉しい?と聞くと、満面の笑みを浮かべて「うん」と答えた。まずもう使わなくなった玩具を整理している。パパが一生懸命作った雑誌の付録の ペーパークラフトも、作ったばかりだというのに捨てられてしまった。息子は今、机とランドセルが届くのを心待ちにしている。


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