年末年始


忘年会の季節がやっと終わったら、新年会の予定がたくさん入ってきた。真中に正月をはさんで酒を飲む機会が増え、家に帰る のも晩くなる。マサイにとって一番辛い季節である。営業という部署にいるので、その回数もとにかく多い。うわばみみたいな連中を相手にしているので、飲み 始めればエンドレスである。
何が辛いといってマサイは酒が飲めない。人間ドックでも血液検査の結果、アルコールを分解する酵素(アセルアルテミドとか言っていた)が「少ないです ね」ではなく、「ありませんね」と言われてしまった。どういうことかというと、飲むとそのアルコールがずっと血管の中を回っている。これには即効性があっ て喉を通り過ぎた直後にもうくらくらしてくる。飲んだ後、陽気になったり、陰気になったり、暴力的になったり、説教を始めたり、などいろいろ見てきたが、 マサイの場合は意識が遠のいていく。寝るのではなく、気を失うのに近い。スーっと血が引いていって、気が付くと人の足に取り囲まれて見下ろされている、と いうことが何度かあった。無理に飲むと、頭が割れそうに痛くなる。これは中途半端な痛みではない。頭を万力で挟まれて締め付けられているような痛み。
それでも宴会などではウーロン茶や焼酎のお湯割りが出てくるようになって無理に注がれることはなくなった。昔はビールと日本酒だったので、断っても「俺の酌じゃ飲めないってのか」と注がれ、飲まされ、苦しい思いをした。少しは良い時代になった。
飲まないでいると、クリスチャンだから飲まないのか〜と勘違いされる。どこかの危ない宗教団体と一緒に考えている人が多い。クリスチャンは硬いからなぁ、 と変に納得している。(イエス様が最初に起こされた奇跡はカナの結婚式でのものだった。ワインである。当時はオリーブオイルとともに薬として使われていた ようである。)
エペソ人への手紙5章18節には「飲んではいけません」ではなく、「酔ってはいけません」と書いてある。各訳でその箇所を紹介すると、

新改訳  酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。
新共同訳 酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。
口語訳  酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。

酔うとろくな事がない。それではどうしろと書いてあるかというと、続く節には…

5:18 御霊に満たされなさい。
5:19 詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。
5:20 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。

もう一つ困るのは、酒を飲むと家に帰るのが晩くなること。愛する妻子と過ごす時間を犠牲にしなくてはならない。マサイにとってこれは一番辛い。息子は毎 朝「今日は夜遊べる?」と聞く。何時に帰ってくるか聞かれて、「ごめんね〜、今週はずっと晩いんだ」と言った時の残念そうな表情を見るのはとにかく辛い。 普通に帰っても、遊んでやれる時間は30分かそこいらなのだが・・・。
新年会には新春祈祷祭というのがついている。新年の始めに皆で神社に行って1年の商売繁盛などを祈祷してもらうものだ。困ったものでこれが3ヶ所もあ る。午前中が祈祷祭で午後が新年会だというので、午後から出席と伝えておいたら、ご丁寧にお札の手配をしていてくれた。あなたの分といってもらったお札に は名前も入っている。
妻は祈って捨てれば、という。手紙をつけて宅急便で神社に送り返そうと思っている。そんなに硬く考えないでも、と人は気軽に言う。年頭行事の一つぐらいにしか考えていないのだろう。来年は最初から断っておこうと思う。
年末年始はこうやって気を使う機会が多い。聖書には「いっさいのことを愛をもって行いなさい(汽灰螢鵐16:14)」と書いてある。主よ、御言葉通りに歩めるように導いてください。アーメン

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