進化しつづけると・・・


自分の子どもに進化論をどう説明するか、ということが勉教会で話題になった。小学校2年生では、人は猿から進化したものだ ということを皆知っているという。そういえば小学校の時にはそう学校で習ったような気がする。図鑑にその過程が描かれていた。その絵を見て納得して覚えて いたような気がする。小学校か中学校の課題図書で読んだ「コタンの口笛」という本の中に日本人の先祖は猿だが、アイヌ人の先祖は犬だ、と揶揄される場面が あったように思う。この場合猿が犬より良い、ということなのだろうか。近所に先祖が雉(きじ)だという国があれば、この3民族は桃太郎のお供の子孫という ことになりかねない。どうも話しが眉唾物になってくる。
学校では人間はサルから進化した、と教えるという。我が教会の牧師が子どもだった頃、学校で進化論を正論として教えた先生のところにお父さんが出向いていったという。学説の一つとしてそういうものがある、と教えるべきだ、という内容だったらしい。
さてどうするか?メンバーの一人は学校ではそう教えるかもしれないが、本当は神様が全世界をお作りになったのだよ、と子どもに教える。もしそのことがテ ストに出た場合、「猿」と書けば正解だと知っていても、子どもは書けないとう。だからそれでバツをもらっても、お父さんは叱らない、という話しをしたらし い。クラスの中のせめて半分はクリスチャンであったなら、話しはしやすいのだろうが、日本の場合100人に1人の割合でしかクリスチャンがいない。先生も 聖書にまったく接していないケースが多い。進化論のどこが違っているのかの論争は大変なことになりそうだ。ことに学習指導要領にそう載っているのであれ ば、日本人がそう思っているというより、そう教わって、そう思わせられてきたのだ。また最近はことに分かりやすいCGでその過程を見せているTV番組もあ る。
我が息子も来年小学生になる。もし同様な事があったらどうするか、と考える。もしテストに人間の祖先は?とか人間は何から進化したか?など「サル」を答 えとして要求する問題が出た場合、息子が聖書に基づく正解を書いてもバツをつけてくるだろう。そうしたら小学校は目の前でもあるので先生のところへ行って 来ようと思う。何をどう説明するかは難しそうだが、イエス様を心に受け入れた子供が日本の社会の中にあって、それが揶揄される対象となり、それに対して不 信感を持つようなことにつながらないようにしてあげなければならないと思っている。
今日も寝る前にこども聖書を読んであげている時に「イエス様は今はいない」と言った。誰かにそう言われてきたらしい。どうしてそういうことを言うのかは 言った人間をかばっているので絶対に言わないが、誰かに言われたということだ。親としては悲しい事であるので、こんこんと言い聞かせて寝かす。それを聞い ていた妻は、イエス様はいつも義哉君のことを愛しているんだよ、と優しく言ってあげていた。
そんなことを考えている時にワンピースというコミックスの12巻を買ってきた。身代わりの愛が表現されているような内容なので、親もこの漫画だけは気に 入って見ている。そのコミックスの扉に面白い事が書いてあった。人間は猿から進化した…ちょっと想像してみて下さい。猿は手が長くて4つ足のごとく地につ けている。そこから2本足歩行が始まり、背筋が真っ直ぐ伸びてくる。進化とはこの背筋が前傾45度から90度に変化する事である。ということはこれからは 限りなく135度に向かってそっくり返り、やがてはバク転に向かう。ということは、人類はこれから少しづつ宙に浮く、絶対。ということである。進化論を信 じているという事はそういうことだ。進化し続ける途中の猿も現在いるわけもないし。
日本で子どもを育てるのって、大変な事なのかもしれない。

創世記
1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。
1:27 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。
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