10年前


覚えている限り一番古い記憶は?もの心ついた時からって一体何時のことなのだろう。幼児に出産の時のことを聞くと、 3才くらいまでなら胎道を通って出て来る瞬間の事を覚えているという。息子に聞いた時はたどたどしい言葉ながら、「狭かった」と言っていた。お腹の中に呼 びかけていたのも分かっていたらしい。

 妻は幼稚園の頃のことを鮮明に覚えている。幼稚園の先生の名前、遊んだ事、卒園式で総代として挨拶をした事等な ど。ところがマサイは幼稚園の記憶が全くといって良いほどない。幼稚園の先生の名前はおろか、顔すら覚えていない。教室でしたこと全て記憶にない。白百合 幼稚園と言って、カトリックの幼稚園だったので、写真を見るとお遊戯会でイエス様誕生の場面をやっている。東方の三博士が登場する場面で、羊飼い役らし い。日曜日に行くと(教会の日曜学校だったのかもしれない)、特別にはんこうを貰えた事、お弁当を温めてくれた事、体育館に大きな積み木があった事、自分 の名前を漢字で書ける子がいて、すごいと思った事。そのくらいが思い出せるせいぜいである。

 妻は学年で一番早い月の4月15日生れ。マサイは反対に一番遅い3月31日生れ。その中間の10月1日生まれの息子は来年4月小学校に入る。一体今の記憶はどうなるのだろう。出来れば全部覚えていて欲しいものだ。

 洗礼時に書いた証しをまとめた「証し集」を出そうという計画は数年前からあったのだが、やっと話しがまとまって来 年3月発行に向けて具体的な作業に入っている。今まで各自がワープロで打ったものを、みんなで手分けをしてパソコンに打ち込んでいる。各自イエス様との出 会いを、その前後で自分がどう変わったかも含めて新鮮な感情をこめて書いてある。個人個人の信仰の始まりなので、読んでいて感動を与えられるし、これから 洗礼を考えている人にも、迷っている人にも良い影響が与えられる。特徴的な意見で多いのは「宗教は弱い人のものだと思っていた」「クリスチャンはなんてい つも楽しそうなんだろう、と思った」というもの。

 マサイは自分のも含めて5人分の入力を担当している。いろいろな人の証しを打ち込んでいると涙が出てくる。自分が 最初に考えていた事も読んで、こんなに真剣にいろいろなことを考えていたのかと驚いた。何より熱心さが伝わってくる。ところが忘れていた事も多い。イエス 様を知った時の感動は忘れては行けないものだと、再認識する。その後自分がどう恵まれてきたか、どう守られてきたかを考えると、何でもっと早くイエス様の ことを知らなかったのだろう、と残念に思う。

 今月の23日で洗礼を受けて丸10年になる。節目の年に初期の初々しい気持ちに戻れた事はとてもよかった。これからは度々読み返してみたい。

 息子は昨日下の前歯に永久歯が生えてきた。もう大人の歯が生えてきている。大人への節目の年にイエス様を受け入れたということを(詳しくは6月号をお読みください)是非覚えていて欲しい。

詩篇103:2 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。


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