「いよいよ引退」


以前から水泳選手である息子の引退レースについて考えていた。幼稚園の年中から18年間泳いできて、競技者として14年間様々な大会に出てきた。個人で楽しむ水泳は続けられても、競技者としての競泳はいつか終わりの日が来る。
マサイと細君は18年間息子を応援し続けてきた。選手として競泳を始めてからは毎日ストレッチを手伝い、栄養バランスの良い食事を考え、風邪をひかさないように気をつけ、水の抵抗が少ない水着やゴーグルを求めてあちこち出かけた。親も息子にうつすといけないので風邪をひけない、と電車の中では一年の半分マスクをしていた。
親は選手のマネジャー業務で忙しい。試合の日は早朝に起き出し、選手をまず集合場所に送っていき、お弁当を作って後から会場に駆けつける。お弁当の中身も、胃に負担がかからない、即エネルギーになるものをそろえる。雨の日も、暑い日もあった。雪の日にチェーンがないのでそろそろ車を運転しながら送って行ったこともあった。細君ともども欠かさずに会場に出かけ、開場前は長蛇の列に並び、開場時間になると少ない観客席を確保するために突入する。泳ぎを確認できるようにマサイがビデオを撮り、細君が電光掲示される50m毎のラップタイムを書きとめる、というスタイルを続けてきた。泳げること、健康な体、この大会に出られることを常に神様に感謝し、家族3人、手をつないで祈り合ってきた。
大会であちこちに行かれた。親もそんな遠征を楽しめた。しかしタイムが良い日は高揚し、悪い日は落ち込む。良い時もあれば悪い時もあると他人を慰めることが出来ても、自分ではその感情をコントロールすることは難しい。試合が終わるとたいてい夕方暗くなった。レース後のダウンや片付けでなかなか出てこない息子を待って車で連れて帰る。
百分の一秒を競う世界だった。日常生活では意識できないほどのほんのわずかな時間が明暗を分ける。息継ぎ一回、ゴールのタッチが合う、合わないが明暗を分ける。いろいろな選手の泳ぎを見て、フィジカルな面、精神的な面をどうすればよいのか、水の抵抗を受けない水中姿勢とは、など家族一緒になっていろいろ考えた。楽しい時期も辛い時期もあったが、家族が一つになってずっと同じ方向を向いていた。
息子も大学四年生になったので、そんな生活も終わりに近づいている。日を追うごとに、あと何試合、今回でこの大会は最後、この会場は今日が最後、短水路(25mプール)での試合は最後、と一回一回何かが終わって行った。競泳の世界から引退するというのはどういうものだろう。最後のレースはいったいどういう気分になるのだろう。保護者としては、寂しくて涙々、というものだろうか。強烈な喪失感で虚脱状態になるのだろうか。それとも今まで十分やってきたので、達成感が残るのだろうか。以前息子を見てくれていたコーチに最後の公式戦はどういう感情に捕らわれたか聞いたことがある。本人にすると現役最後は、すんなり通過できてしまうものらしい。そんなものかと思って聞いていたが、どんどんその引退の日が近づいてきている。
そしていよいよ息子が競技者として参加する最後の公式競技会の日になった。長水路(50mプール)での試合。最後は思い出深いプールでの大会になった。初めて200m個人メドレーで県の大会に出場したのはこの会場だった。初めてジュニアオリンピックに出る標準記録を突破したのもこのプールだった。
慣れた会場なので、いつもの手順で席を確保し、出番を待つ。会場に着いた時にここに来るのも最後かと一瞬考えたが、まだ実感はわかない。やりきった感が大きいので、寂しくはならないのではないかと前日細君と話していた。実際細君は良くやってくれた。選手ともどもお疲れ様、と言ってあげたい。会場にたくさんいる選手一人一人はどれほど保護者のサポートを受けていることか。選手達もそれが分かっているようで、仲良さそうに親子で会話をする姿をあちこちで見かける。
小学校の家庭訪問の時、先生から言われた事が記憶に残っている。一人っ子には見えないですね。普通一人っ子は自分のやりたいことを押し通して、あまり仲間と協力し合うことをしないのですが、どうやったらあんな風に育てられるんですかと聞かれた。先生が出した結論は、きっと水泳をやっているからでしょうね。家族が同じ方向を見て、一緒になって頑張っているからなんでしょうね、というものだった。その通りだが、家族が三人が神様に信仰を持って祈り続け、同じ方向を見てきたという事もある。
息子はこの世界で実に多くの友達、仲間を作ってきた。これが大きな財産になっている。学校生活だけでは得られないような世界の広さだ。ともに泳いできたメンバーは、中学受験、高校受験と機会あるごとに減っていった。この世界でずっと続けてこられたこと、最後まで無事に泳いでこられたことを神様に感謝する。水泳は幼稚園児の頃、肺炎で入院した後に始めた。当時も決して軟な体つきではなかったが、今では見事な体つきをしている。これも水泳選手の特徴なのだが、実に綺麗な指をしている。水をかき分けているうちに見事にシェイプされたようだ。
小学4年生の時からは、週1回の休み以外は毎日泳いできた。小学校の時は、この休みの日も別のプールに連れて行って自主練習をしていたものだ。こそ練のつもりなのに、行くと仲間に会ったりする。夕方からの練習なので、帰りが夜10時近くになる。息子が帰って来るのを待って家族三人で夕食をとる。大学に入ってからは毎朝3時に起きて泳いでから学校へ通っていた。休みは週一回。泳ぐのを嫌がったことは一度もない。
最後になるこの大会は200mと100m自由形の2種目にエントリーしている。招集所へ向かう姿、スタート台の後ろに並ぶ姿。スタート台に立って飛び込む姿を目に焼き付けようと思っていたが、ビデオを撮ることに集中しているので、他の事は考えられない。午前中の200m自由形の後、マサイが撮ったビデオを確認に来た。何回か繰り返し見て泳ぎをチェックしていたが、真剣に見てもらえると、何組も前から一番写しやすい場所を確保して、手足の動きが分かるように撮っているマサイも役に立てたかと思えて嬉しい。
そしていよいよ次がラストレース。泣いても笑っても、マスターズで泳ぎ続けない限り、競技者として息子が泳ぐ姿を見るのは最後になる。100m自由形、最終組10コース。撮影するベストポジションに移動して、心の中でずっと神様に祈り続けながら出番を待つ。マサイと細君は息子のファンである。その気持はずっと変わらない。最後もいつもの通りに招集所から飛び込み台の後ろへ移動して行った。スタート台に上ると、いつものように息子を応援してくれる大きな声が会場のあちこちから聞こえる。力強い声援で、実に有難い。息子が皆から愛されていることを感謝する。
泳いでいる間は、ビデオのズームボタンを操作しながら、心の中でいつも通りに応援していた。マサイはいつもビデオのモニターしか見ていないので、息子以外のレース展開は分からない。今回もモニター越しにたった一人を追った。力強い良い泳ぎで、ベストに近いタイムで帰ってきた。
泳ぎ終わってプールサイドに上がって、荷物を持ってダウンプールへ向かったところで録画を止める。最後までやりきれたことに感謝する。当然のように次のレースがスタートして行き、招集所から次の組が移動して行った。当たり前のことなのに、急にこの世界が自分の世界でなくなった。不思議なことで、当事者から部外者へと大きく転換したような気持ちに捕らわれた。そんな寂しさもあるが、味わったのは、満足感とロス感の両方だった。
息子はここまでよく頑張った。悪い時も腐らず、ずっと頑張ってきた。スタートの合図に対するリアクションが最速0.61秒で飛び込むのだが、大会では一度もフライイングをしなかった。選手たちは、親への、コーチへの、仲間への感謝と尊敬の心を持っている。水泳は個人競技ではないと教えてくれたコーチがいた。この世界でやってこられて良かったと、神様の導きに感謝する。細君も実に良くやってくれた。ファンとしての実に楽しい18年間だった。神様、細君、息子に感謝。
夫婦しみじみとここに来るのももうないねと話しながら帰って、早めに寝たのだが、翌朝息子からのラインが昨晩来ていたのに気付いた。感謝を伝えるラインだった。朝から泣かされた。細君も泣いた。

「長い間本当にありがとう。
大好きな水泳をここまで思う存分やってこられたのは2人のおかげです。
水泳を通じでたくさんの仲間ができて、たくさんの先生方に支えられて成長し、それが今の自分を形成する大部分です。そんな自分が誇らしいです。
本当に本当にありがとう。」

この世界を与えて下さった神様感謝します。全てを導いて下さった神様感謝します。丈夫な体を感謝します。この環境を与えて下さったこと、ずっと続けてこられた事、たくさんの人に巡り合えたこと、たくさんの人からたくさんの事を教わったこと、そのひとつひとつを通して成長してこられたこと、全てが感謝です。神様のご計画は、人の考えをはるかに超えて素晴らしい。ハレルヤ。

エペソ人への手紙
3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。

テモテ人への手紙第二
1:9 神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって
1:10 それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。