「願うところを祈れる神様」


大型連休の始まりは実家で過ごす。4月で83才になった母は随分元気になっていた。肺にたまっていた水もすっかり無くなり、前回気になった呼吸の乱れもなくなっている。食べてくれない、毎食食べさせるのが大変だ、と父が事あるごとにぼやくので、大分痩せてしまったかと思っていたが、想像していたほどではなく血色も良さそうに見えたので安心する。ただちょっと声がかすれるようになった。
前回帰り際に相談したいことがあるからと父が謎めいた予告をしていた。その父は看護疲れなのか、元気がない。本人はストレスであると自覚をしているようだ。最初は天気も良いのでどこかへ散歩へ出かけようかと話していたが、そのことには触れようともしない。明らかに母の老々介護がストレスになっている。食べさせる使命感、薬を毎食後忘れずに飲ませる使命感の他に、台所作業を始めていながら忘れてしまう母の症状などがストレスの原因になっているようだ。そのストレスの根底には自分の具合もあまり良くないのに、自分が倒れたら母はどうなるのだと気に病んでいる事がある。必要もないストレスを自分で生み出して、それが立ちくらみなどの身体的症状につながっている。
父は来月85才になる。マサイが子どもの時から何度も医者行っていたが、原因が血管の詰まりにあると分かるまでには随分時間がかかった。何年か前にやっとその原因が分かり、心臓付近の血管の詰まりを解決する手術をし、今年の3月にも別の血管について同じ手術をした。術後の経過は良好で、日常生活も快適になっているはずなのだが、その他の事で気に病むことが多いらしく、相変わらず具合が悪そうにしている。
相談したいことというのは、術後健診で5月31日に検査入院することになったということだった。前回来た時は、こういう時のために母が宿泊できる介護施設に登録をしたと嬉しそうに話していたのだが、母が行きたがらないという。横で聴いている母は、聞こえていないのか、何もその件については言わない。良く聞いてみると、宿泊がいやなのではなく、その間実家が無人になるのが物騒だというのが家を空けられない理由らしい。施設に母が行かないとすると、母の食事の面倒が出て来る。父は安心して検査入院が出来ない。
検査入院の日程表を見せてくれた。コピーなどしないで、手書きで自分用と、我々用で同じものを2つ作っている。入院した翌日が検査になるが、この検査の時間が未定で夜中になるかもしれないので当日は帰宅できない。帰宅は早くてその翌日午後。検査によってはもう一日延びる可能性もある。しかし父はだからどうしてくれとは言わない。今回もこちらからどうしてあげようというまで、帰宅が一日延びるかもしれないということを何度も繰り返すばかりで、自分の欲するところは言わない。
細君のスケジュールと合わせて確認をした上で、マサイが前半を、細君が後半を受け持って、父の退院を待つことを提案する。この提案が自分の希望と合っていたらしい。表情が明るくなってきた。安心したようだ。いつも母と二人で考えているようだが、結局いつも一人で悶々とすることになっていたらしい。その悶々と悩むところを誰かに聞いてもらえばもっと早く安心できたと思うのだが、こちらからするメール連絡の返信には使命感に対する愚痴ばかりで、そういうことは書いて来ない。はっきり言ってくれればよいのにと思うが、昔から父はマサイに直接頼む事をしない。いつも母経由だった。頼んで断られるのを極端に恐れているのか、遠慮をしているのか、というように思える。そういう親子関係だった。この期に及んでという気持ちが大きいが、正面向かって言ってくれれば有難いのにと考える。
こういう時、我々には自分の願うところを祈れる神様がいることを感謝する。いつでもどんな時でも我々の思いを祈りで伝えることができる。祈ったことは神様が最善へと導いて下さるという信仰によって心に平安が生まれ、悶々とすることはない。この特権を与えて下さった神様、感謝します。父母にもそう感謝出来るようになってほしいと願う。
検査入院の話がまとまって父はすっかり元気になった。昼食に作った具沢山うどんは3杯もお代りをしたし、庭で母が細君に散髪してもらっているのを進んで手伝っていた。母の次に父も髪を切ってもらって、さっぱりしたと喜んでいた。

ピリピ人への手紙
4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
4:7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

ペテロの手紙第一
5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。