「祈りは心を静め、安心感で包んでくれる」


息子は夜中の2時に起きてプールへ行き、年末恒例の4時間におよぶハードトレーニングを終えて、朝食も取らずに世田谷区にある整体医へ向かっていた。トレーニングの後で疲労もたまっているので、家で寝ていようかと思ったが、体のメンテのために整体医に行くことにした。多摩センターから電車で行こうか迷ったが、ツーリングがてらバイクで行くことにした。
目的地まであと少しというところで、前を走っていた乗用車が不審な動きをしている。右折車線があるのだが、そちらへ行くつもりなのか車線をまたいで運転をしている。息子が法定速度で真直ぐに走っていたところ、ウィンカーもつけずにいきなり左へ車体を寄せてきた。乗用車の完全な後方不注意で息子は避け切れず、ブレーキによるハンドル制御不動のまま、道路わきのガードレール代わりの植木に突っ込んだ。
いきなりの展開でショック状態だったらしいが、バイクの損傷も大きかった。本人は左側に倒れた時に膝を痛めたらしい、大学名の入ったスウェットパンツが避けて膝に怪我をした。また植木に突っ込んだ時に、そこの植木で左目の上を切った。相手は逃げずに止まって警察を呼んでくれた。息子はバイクのダメージが大きいので、レッカー車を呼んだ。
ここで警察を待っている間にマサイに連絡が入った。たいていの連絡はラインで来るので、電話がかかってくるのはろくな時ではない。祝日の午前11時半過ぎ。この日は午後、息子のアパートに年末年始帰宅用の衣類を取るに行く約束をしていた。この整体でのマッサージが終わって帰った頃の時間で待ち合わせをしていたので、マサイも細君もまだ朝食後、食卓でのんびり喋っていた。
転倒が路上ではなくて、植木に突っ込んでのことだったこと、鉄のガードレールではなく、力を緩衝してくれる植木だったこと、後続車がさらなる事故を起こす危険性もあったがそれからも守られたこと、これをすぐ神様に感謝する。前回のもらい事故の時は50ccのバイクだったが、今度は750cc(ナナ半)での事故なので惨事にもなりえた。電話の声は大丈夫そうだったので、神様が守ってくださったことを続けて感謝する。
警察は事情を聴いて、こういう場合の定石通り、物損事故にするか、人身事故にするかを聴いてきた。一通りの事故処理をして、後は当事者同士で示談交渉をするようにということで帰ってしまったという。怪我はたいしたことはないということだったが、後で痛みが出るのも心配なので、医者には行く事を勧める。相手の連絡先は聞けたので、相手にも了解を取って医者に行くことにする。
息子はレッカー車に一緒に乗せてもらって、寮の近くのバイク屋さんまで帰って来た。そこへ細君と迎えに行く。まず無事な姿を見て安心する。事故の説明も整然としてくれた。病院に連れて行くと、祝日の午後だったが、救急外来ですぐに診てくれた。膝のレントゲンを撮って、問題なし、打撲ということになった。目の上の傷については、目の上の骨は他のところと比べるととても固くできているのでこの程度では大丈夫だという診断。救急なので、月曜日に再度診察に行くことになった。今回の事故について、これからの展開について、車の中で3人手をつないでお祈りをする。こういう時の祈りは心を静め、安心感で包んでくれる。

ピリピ人への手紙
4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

年末が近づいてくる。早く解決しないと、保険屋さんが年末年始休暇に入ってしまう。出来るだけ早くこの件にはけりをつけたい。ぎりぎり年末30日まで相手と相手の保険屋さんとの交渉を繰り返す。しかしバイクメーカーが既に休みに入ってしまったので、修理用のパーツの値段が出ない。交渉は全て息子に任せたのだが、心落ち着かない年末だった。年が明けてからはバイク屋さんが間に入ってくれて、相手の保険屋さんとの新たな交渉に入った。
後続車によるさらにひどい事故につながらなくて良かった。神様感謝します。スピードを出したり乱暴な運転をしたりしていたわけではないのに、相手の不注意が原因で転倒してしまった。この事故は精神的にもショックが大きかったようだ。大型自動二輪免許を取る時から交通安全について祈り、購入時にも祈り、買った後は事故、事件、怪我、違反、盗難、転倒から守られるように毎日祈り続けてきた。今回の事故を通して神様は何かを語りかけている。バイクは毎朝3時に起きてプールへ行くのに必要な足であるので、2017年秋の引退までどうしたらよいか、その後どうするか、一緒に祈り続けよう、祈ってその御声に聞き従って行こうと親子3人で話し合う。神様よろしくお願いします。

詩篇
118:5 苦しみのうちから、私は主を呼び求めた。【主】は、私に答えて、私を広い所に置かれた。
118:6 【主】は私の味方。私は恐れない。人は、私に何ができよう。
118:7 【主】は、私を助けてくださる私の味方。私は、私を憎む者をものともしない。
118:8 【主】に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。
118:9 【主】に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。

エペソ人への手紙
3:20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、

マルコの福音書
11:24 だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。