「当たり前のことが当たり前にできない」


 当たり前のことが当たり前にできないことのもどかしさを感じた。6月は月間200kmを目標に毎朝5時起床で走っていた。気候も良く調子良く走れるようになってきたので、一回に走る距離は延ばさず回数を増やす設定で、目標を今までの倍の距離にしてみた。順調に走っていたのだが、6月16日月間累計120kmを過ぎたところで腰を痛めた。
帰ってきて洗濯物を干していた時に、落ちた洗濯バサミを取り上げようと腰をかがめた瞬間に腰に電気が走る。今まで何度かギックリ腰のようなものをやって来たが、電気が走ったのは初めて。やったか、でも気のせいなら良いな、と自分をごまかしてみたが、気のせいではなかったようで、どうにもならなくなった。ベランダから細君を呼び、助けてもらう。無理やりストレッチポールに乗って体を延ばしてみる。これで少しは良くなるはずだと思ったが、効果はなかった。細君に腰に手を置いて神様に祈ってもらい、自分でも祈り続ける。過去何度か同じようなことがあったが、重い物を持ったからそうなったということは一度もない。いつも日常の何気ない動作の瞬間に起こる。今回は今までで一番ひどい状態だ。
株主総会前日なので準備も気にかかる。運営を担当しているので会社は休めない。腰痛用のコルセットで締め上げて何とか立てる状態にするが、猫背で身長が縮んだような気がする。細君に最寄り駅まで車で送ってもらって何とか出社する。座っていれば楽な時もあるのだが、しばらく動かないでいると固まって次の動作に痛みを感じる。株主総会進行の最終確認までして、半ドンで帰って来た。再び細君に駅まで迎えに来てもらう。
忘れた頃にこの腰痛が出て来るので、会社へ行く時の鞄は背負いタイプのものにし、片側に荷重がかからないように工夫をしている。また膝を使っての動作など、普段から腰痛には気を使って来ていた。当日走ったのもいつものコースで、時間にして50分弱。距離的にもたいした距離ではない。ただ前日からちょっと危ないなという予感はあった。しかしせっかく朝早くから明るくなってきて、走れる環境が整ったというのに休むのはもったいないという意識はあった。
金曜日、無事に株主総会や役員会が終わってやっと休みになる。痛みはあったが、土曜日は約束をしてあったので、実家の両親を訪問する。日曜日にやっと終日横になっていられた。今までは週末おとなしくしていれば、痛みが引くのだが、今回はひどかった。第一に寝返りが打てない。寝ていて腰をちょっと横にずらすという簡単な動作で激痛が走る。両肘をついてほんの少し腰を浮かせて、指先で腰を押してやる。それを何度か繰り返してベストポジションへ持っていく。夜トイレに行きたくなっても、立てない。当たり前のようにして立ちあがっていたことが出来ないもどかしさを感じる。まず首から背中にかけて起こす。膝を立てる。ここからがどうにもならない。右にも左にも動けない。天井から紐でもぶら下げておけばそれを掴んで立てるのだろうが、反転もできない。腰がいかに重要な部位かということが良く分かる。時間をかけてやっと四つん這いになったまま、掴まれるところまで膝をすって移動する。細君が何をやっているのかと驚いて起き上ったような状態。一旦動き出せば何とかなるのだが、再び横になる時には苦痛が伴う。今まで意識もせずに当たり前に出来ていたほんの簡単な動作が出来ないということはとても辛い。
結局コルセットは1週間以上外せなかった。会社でも仕事途中に時間を見て立ち上がって、背中を延ばすようにしていた。帰宅時は速く歩けず、階段の一段飛ばしが出来ない。
7月頭に人間ドックを予約してあった。遺伝なのだろうがマサイは悪玉コレステロール値が高い。血管内にそれがたまって血流が悪くなり、やがては詰まってしまうことを防ぐ対策として、常に血流を良くしておこうと考えてランニングをしている。その他血液をさらさらにする効果のあるトマトジュースやクルミ、芋焼酎など効果がありそうな物は全て取り入れて、今度こそはという思いで今回のドックに備えていた。しかし結局人間ドックの直前は半月以上走れないままでの受診となった。そのせいか悪玉コレステロール値はいつものようなものだったし、中性脂肪値が高くなっていた。これがとても悔しい。
 何で200kmにこだわったかというと、今までの最長月間走行距離は、丁度10年前の6月に走った190km。10歳若かったのだが、以降それほど走れた時はない。その時も相当無理をしたのを覚えている。一生に一度くらいは月に200km以上走ってみたいという単なる数字上のこだわりに、コレステロール値を正常値にするという希望を結びつけて考えたことによる。ぎりぎりまで体を絞って検査を受ければ検査結果は良くなる、という勝手な思いこみで自分を鼓舞していた。当然根拠のあるものではない。しかしいつも自分の判断で無理をしようとすると神様がそれを止めてくださる。今回もそれだったのだろうと考えている。相当痛かったということは、体にそれ相応な負担をかける無理をしようとしたのだろう。それを教えてくださった神様感謝します。

詩篇
138:1 私は心を尽くしてあなたに感謝します。天使たちの前であなたをほめ歌います。
138:2 私はあなたの聖なる宮に向かってひれ伏し、あなたの恵みとまことをあなたの御名に感謝します。あなたは、ご自分のすべての御名のゆえに、あなたのみことばを高く上げられたからです。

箴言
21:2 人は自分の道はみな正しいと思う。しかし【主】は人の心の値うちをはかられる。