「納骨式」


細君の両親の納骨式に行った。義父は洗礼を受けた横須賀市久里浜の教会でかつて墓地委員長をしていて、三浦海岸が見える静かな墓地を教会として購入するために尽力していた。生前手続きをしてあったので、そこに夫婦で入ることになった。
義父は7年前に亡くなっているのだが、義母と一緒にということで、納骨せずに待っていた。義母も昨年暮れに亡くなったのだが、喪主である義兄の具合があまり良くなかったので、暖かくなってからということにして納骨を延ばしていた。喪主である義兄夫婦も出席する予定だったが、義兄の具合が芳しくなく、万が一の場合を想定して前日風の強い吉祥寺まで骨壷を2つ受け取りに行った。当日朝になっても義兄の具合が回復せず、義姉も昨晩指を骨折ということで来られなくなった。
4月最後の土曜日、骨壷を2つ、マサイの左肩に義父のもの、右手に義母のものを持って、南武線、東横線、京浜急行線と乗り継いで三崎口へ。そこからバスで少し行き、降りてから実に自然豊かでのどかな風景の中を墓地まで歩いて行った。バス停付近が今年読んだ、司馬遼太郎の「箱根の坂」の舞台になったところで、説明板が立っていた。このあたりまで三浦一族を攻めに北条早雲は来たのかと、あたりを見回しながら歩く(マサイは早雲ゆかりの地、小田原育ちである)。
墓地の入り口から斜面を下って行くと、遠くに三浦海岸が見える。風もなく、良く晴れ上がった空には高くトビが両翼を広げて円を描いている。茂った木からは鶯の鳴き声が聞こえる。久里浜の教会からは我々の結婚式で証人をしていただいた前牧師夫妻、その御子息で現牧師夫妻、義父母が教会でお世話になり、我々の結婚式にも来てくださったご夫妻がわざわざ来てくださった。
管理事務所で所定の手続きを済ませた後、主はわが牧者なりと彫られた墓前に横一列に並んだ。ピアニカの伴奏で義母の好きだった聖歌157番「われいのちを」を賛美し、故人が好きだった聖書を2箇所読んでいただいた。

聖歌157
われいのちを なれに与え
血にながみを きよくなして
死とよみの手より なれを解きぬ
いかなるものもて なれこたえし

伝道者の書
3章11節 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

納骨式は埋葬式ともいう。前牧師が開会の祈りに続いて聖句から「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と題してメッセージをしてくださった。この聖句は24年前、細君の実家で結婚の申し入れをした時に、義父が読んでくれた箇所だ。いろいろな時にあてはまる聖句だが、お気に入りの箇所だったらしい。ここには二人の人生が神様のなさる業として組み込まれている。それはどんな時にもどこを輪切りにしても美しい、というメッセージだった。

ヨハネの福音書
3章16節 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

義父と義母は、娘である細君の導きにより1985年5月、上の御言葉を単純に幼子のような思いを持って受け入れ、イエス様によって愛されたものとして信仰を告白し、二人揃って洗礼を受けた。続いてこれも義父のお気に入りの讃美歌158「あめには御使い」を皆で賛美。

讃美歌158番
あめには御使い 喜び歌え
土にはよき人 みつげを聞けや
わがきみこの日ぞ 死に勝ちませる
いのちもまことも 道もイエスなり

骨壺は墓石の後ろにある重い石を外して中に納める。重い石を外して横にずらしてある様子が、イエス様の墓の前に転がしてあった石を思わせた。のぞくと上下2段に骨壷がいくつも並べられるようになっている。骨壷には名前が書いてあるので、生前仲の良かった方の隣に夫婦仲良く並べて納めてもらった。
無事納まったところで頌栄、新聖歌62「あまつ民も」を賛美し、終祷。

新聖歌62番
あまつ民も 地にあるものも
父、子、御霊の 神をたたえよ 神をたたえよ アーメン

最後は欠席の喪主に代わって細君が挨拶をした。実にしっかりとした挨拶だ。両親ともに長い間面倒を見続けてきた。それは大変なことだったが、細君は実によくやっていた。今無事にこの三浦の地に両親の遺骨を納めるという大役を終えて細君はほっとしている。
三浦海岸へ移動して皆で食事をしながら故人の思い出を語った。上にも書いたが、教会の墓地委員長や会堂建築委員長をやってきた義父は、皆に尊敬され、親しまれた、委員長が似合う方であったと言ってもらえた。家庭集会での義母の思い出も出た。良い人たちに恵まれて、神様の祝福を受けていたことが良く分かる。神様の恵みあふれた良い時が持てた。神様感謝します。