「歩みを確かなものにするのは主」


練習の合間を縫って息子が帰って来た。春休みと言っても、朝3時40分起床、朝練〜午後練〜筋トレの毎日は変わらない。朝練後がオフになる日に帰ってきて、家でゆっくりして行った。夕食を家で食べてから寮に帰るというので、マサイも会社から飛んで帰って来た。
久しぶりで3人で食卓を囲む。いろいろと話してくれた。練習の合間に同じ部のメンバーは近所でアルバイトをしているのだが、そこでの話。息子は中学生の時、レンタルビデオ屋さんで職業体験の1日を過ごした以外は、実社会についての勉強をする機会がなかった。高校の時は時間的な余裕がなく、大学1年生の時はアルバイト禁止だった。2年になってやっとアルバイト許可になって、お金を稼ぐとはどういうことか、社会はどういう風に回っているのかを学ぶことを始めている。
支所のようなところのアルバイトに入っているのだが、練習、試合、学業優先で働くことができる。理解ある働き場所で、一生懸命やって可愛がってもらっているようなのだが、ここでの人間関係の話。世の中にはいろいろな人がいる。いろいろな人がいるのが世の中である。しかし自分の年の倍も人生経験を積んだ人にはそれなりに尊敬できるものが見えてほしい、という気持ちが息子にはある。
いろいろな人の中には、ちょっと考えれば分かりそうなものを、というのが分からない人、指示されたことを途中でやらなくなる人、間違いを指摘されて突然切れる人、というのはどこにでもいる。ただそれを無意識のうちにやっているのか、意図的なのかが分からない。不器用で愛すべき存在として受け入れることはできるが、それによって人に迷惑がかかるので、それを防止するために誰が注意すべきなのか。責任あるトップは転勤でよく変わるという。次いでサブ的な人と、事務をつかさどる年長の人、現場へ出て行く人、ここまでが社員。構内労働を主に担うのはアルバイトだが、その勤務内容を管理監督している様子もない。息子はそういう人に会うのは初めてであるので、どう対応したら良いのかというのがお悩み相談である。
社会ではイメージするところと、現実との違いがある。出来上がった商品だけ見ていたのでは、その制作から流通過程にどういった人がどれだけかかわって、各々の工程で何が行われているのかは分からない。社会に出て学ぶべきことはたくさんある。マサイは勤続30年、そういう人たちを何人も見て来ているし、実際同じグループに所属していたこともある、自分の部下だった場合もある。年上の部下だ。「部下は選べないんだよ」と言いさとしてきた取締役に「上司も選べませんよね」と食ってかかったことがある。そういう人たちにどう対応したら良いかについては常に悩んできた。問題は日々湧いて出てくる。
親として、社会の中で働く者として実体験を語るのは出来るが、やはり解決については、常に神様に祈って、守り、導き、助けてもらうことが大切だ。息子にもそれを勧める。息子もこれからいろいろ学んでいくことだろう。筋道だった話し方や、その時何を考えて、どう解決したのかを聞いていて、随分しっかりしてきたなと、細君と安心する。神様、息子をよろしくお願いします。


箴言
16:1 人は心に計画を持つ。【主】はその舌に答えを下さる。
16:2 人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。しかし【主】は人のたましいの値うちをはかられる。
16:3 あなたのしようとすることを【主】にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。
16:4 【主】はすべてのものを、ご自分の目的のために造り、悪者さえもわざわいの日のために造られた。
16:5 【主】はすべて心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。
16:6 恵みとまことによって、咎は贖われる。【主】を恐れることによって、人は悪を離れる。
16:7 【主】は、人の行いを喜ぶとき、その人の敵をも、その人と和らがせる。
16:8 正義によって得たわずかなものは、不正によって得た多くの収穫にまさる。
16:9 人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは【主】である。