「息子、登頂す」


富士山に登ったのは26歳の夏、7月の頭だ。装備も経験もない者が、いきなり本屋で富士登山についての本を立ち読みした知識のみで、週末1泊2日の単独登頂計画を立てた。三島まで電車で行って、富士宮口の五合目までバスで行き、そこから3時間半で頂上に着いた。オーバーオールにテニスシューズ、水筒、ピーナッツと小魚のおつまみパックとチョコレート、カメラというのが装備の一式だった。
その時の登山の様子、山小屋の様子、日の出の見事さを家族に語っていたので、息子の意識の中にもそれが残っていたのかもしれない。9月の頭、インカレで丁度浜松に行くので、その帰り道に日本最高峰への登頂という計画を思いついたらしい。同じ寮に住む水泳部仲間と2人で登るという。 いや待て、装備はあるのか。大体のものならマサイが持っているし、サイズもほぼ同じなので、いつもならそれを持っていく。しかし以前持っていた登山靴は、あまり履かないのでソールが剥がれてしまい捨てた。少し前に教会のメンバーが登頂したが、真冬のような装備で写真に写っていた。途中で雨が降り出し、相当冷えたらしい。体力的に問題ないのだろうが、山の知識は皆無であろう。いざという時の対応に不安がある。そこでインカレの帰路、荷物を宅急便で送って登頂するというのは思いとどまらせる。結局登頂計画は先送りして、帰りに熱海で下車して日帰り温泉につかってきたという。
台風が2つ、17号、18号と来ている。登山靴は雨の中、一人でアウトレットの登山用品メーカーの店に買いに行った。商品選択で迷った時はラインで画像が送られてくる。細君と3人、離れた場所にいながら、一緒に買い物をしているようにアドヴァイスが行き交った。いろいろ登山の準備についての話を店員さんから聞けて、良いものが買えたようだ。ウェアは家に戻ってきてマサイのものから選んでいった。登山道や山小屋など、最近はWEBで詳しく情報を得られる。便利になったものだ。これだけ情報があれば安心できる。
実は息子ができたら細君と3人で富士登山をしたいと思っていたことがある。山頂での感動を家族と分かち合いたかった。しかし残念ながら、登山ができるような年齢になった頃には水中での活躍が始まっていたので、忙しくて実現しなかった。富士登山の良いところは、下山した後日常その雄姿を見ながら、あそこまで登ったのだと山頂を眺め、いろいろな励みとすることができることだ。
富士登山シーズンは9月中旬までと言われているが、息子はその最後に近いところで登山計画を立てた。ところが出発直前台風が来て、茨城、栃木の鬼怒川沿いに大水害を残して行った。かつてないひどい天災だ。日中細君から心配をしてラインが入る。マサイは祈っているので、もし危険だったら神様がどこかのタイミングで「行くな」と止めるだろうと思っていた。細君にそう言って安心させる。2人だけで登っているわけではない。山小屋もあるし、誰かが必ず危険を告げてくれるに違いない。息子はそれを無視して行動するような性格ではない。何より神様がついている。ただ富士登山についての話をしたのはマサイであるし、何かあったらマサイの責任であると考えていたので、出発の夜は何かがあったらすぐに出られるように覚悟はしていた。
台風による雨天が続いていたが、金・土曜日と2日間だけ晴れた。見事に計画を立てた日だった。山小屋を取らずに、夜から懐中電灯を持って登り始めるという。息子は登山初挑戦。パパの背負子の中で高尾山には登ったことがある。教会のハイキングで伊勢原から大山に登ったのはほんの小さな時なので覚えていないだろう。小中学校の遠足で山に登った記憶はない。普段水中という重力を感じない環境で激しいトレーニングをしているが、重力を直接感じるような環境下では不安がある。水泳シーズンのオフとはいえ、ここで怪我をすると今後に響く。台風が去ったとはいえ山の天気は変わりやすい、台風の残していく風も心配だ。親の心配はつきない。細君と何度も祈る。
マサイとは逆の山梨県富士吉田口からのアタックになる。距離は長いが、一番山小屋が多いルートなので少し安心する。19時58分、Let’s Go!とラインでベティ・ブープが出発を知らせてきた。パソコンで登山ルートを開きっぱなしにして、どのあたりを登っているかを気にしながら夜を過ごす。頂上に着いたら連絡をくれるように言っておいた。寝る前に今どのあたりかと確認をすると、23時32分で「8合目。すいていて、寒くない」という。とはいえ、とても安心して寝ていられない。
寝ても眠りが浅い。マサイは小さい頃はカブスカウトで丹沢や箱根の山に登り、スイス、カナダではトレッキングをしたことがある。スイスに一緒に行ったNさんには帰国後も熱心に山登りを勧められたが、海でサーフィンをする方を選んだので山からは遠ざかってしまった。そんなマサイも真っ暗な中での登山はやったことがない。前日までの豪雨で地盤が緩んでいるに違いない、富士山は活火山だし、と不安材料はたくさんある。寝る前にもう一度細君と手をつないで祈る。
3時22分 短く「着いた」という連絡が入る。山頂までの全行程7時間半。登り始めてすぐにお腹が痛くなり、しばらくトイレにこもっていたため時間がかかったという。ゆっくり登ったので高山病にもかからずに済んだらしい。ほっとして「登頂おめでとう」と返信する。
日の出は5時21分。ところが5時49分、下から突き上げる型の地震があった。高いところからものが落ちてきたほどの揺れで、多摩川対岸の調布では震度5マイナスを計測している。すわ噴火かと驚き、細君と二人とも飛び起きた。TVをつけると、富士山あたりは震度3。歩いていれば気づかないくらいなので安心する。この朝たまたま寝坊して走らなかったが、通常なら既に走り始めて2km地点辺にいる頃だ。細君を不安なまま一人にするところだった。これも主に守られた。感謝します。
9時26分、「下山」という連絡が有る。お鉢周りをすると思っていたので、思ったより早く降りてきた。5合目まで降りてきたらしい。下りは4時間だ。苦労して登ったのに帰りはあっという間に駆け下りてきた記憶がある。日の出は見られたらしい。実に見事な日の出写真を何枚も送ってくれた。宇宙から地球を見ているようだ。神様が作ったものは素晴らしい。マサイが登った時も、「こんなに綺麗に日の出が見られるのは珍しい」と言われた。3,776mから見る日の出は、雲海が一気に晴れていく素晴らしいものだった。写真はマサイの記憶と同じようだった。神様が作った大自然に感動する良い体験が出来たようだ。貴重な機会になったと思う。山頂から見下ろすと、神様の創造の業と、全世界が神様のものであるということがよく分かる。

詩篇
19:5 太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。
19:6 その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を、免れるものは何もない。
19:7 【主】のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、【主】のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。

出エジプト記
19:3 モーセは神のみもとに上って行った。【主】は山から彼を呼んで仰せられた。「あなたは、このように、ヤコブの家に言い、イスラエルの人々に告げよ。
19:4 あなたがたは、わたしがエジプトにしたこと、また、あなたがたを鷲の翼に載せ、わたしのもとに連れて来たことを見た。
19:5 今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。

2人とも怪我はないというので安心する。上りは良かったのだが、下りが辛かったという。登りは頂上という目標が見えていたので辛くなかったが、ゴールが見えずにいつまでも下り続けるのが辛かったらしい。山登りはもういいという。富士吉田の遊園地で遊んでくるのかと思ったら、さすがに疲れたようで、真っ直ぐに寮に帰って来た。マサイもその夜は安心してぐっすり寝られた。
主よ、大自然を通して主を感じられるこの全行程を息子に与え、それをお守りくださったことに感謝します。