「連絡有難うございました」


月刊マサイを書き初めて次の11月号で丸16年になる。ずいぶん長いこと書かせてもらっているが、その間書いて来て良かったと思ったことが何回かある。それは直接神様からの祝福だと確信出来るほど、嬉しいものであった。今月号はその分かち合いです。
9月4日、日本学生選手権水泳競技大会(インカレ)の初日、息子の応援に細君と会場の浜松に向っていた。去年は地元開催だったので、地方遠征は実に久しぶりのことである。親の旅行も息子の大会に合わせてしか出来ないので、喜んで出かけた。武蔵小杉から東横線に乗り換えて、菊名経由で新横浜から新幹線に乗る予定だったのだが、東横線の車内で細君が教会からのメールを受け取った。月刊マサイを読んだ方から2日前にお便りを頂いていたのだが、それがマサイへうまく転送されずにいたのに気づいて、細君のスマホに転送してくれたものだ。
我が息子と同じ年のクリスチャン・スイマーを持つ親御さん(Kさん)からのメールだった。クリスチャン・スイマーをWEBで調べていて、この月刊マサイを見つけてくれたようだ。祈りの中でクリスチャン・スイマーの仲間を与えてくださいと祈っていたという。今まで水泳を続けてきた境遇が似ているし、インカレにも出ると書いてあった。
我が息子も2年生になってレギュラー入りがかない、全国大会に出させてもらうことになった。しかしインカレに出ることは月刊マサイには書いていないので、よく分かりましたね、と驚くばかり。実に見事なタイミングで連絡をいただいた。まさに神様のご計画としか言い様がない。この大会に出かけることを主が祝福してくれているようで嬉しかった。また月刊マサイも書いていて良いのだよと言ってもらえたようで、二重の喜びがあった。
小さい頃からスイミング教室に通う子は多いが、せっかく選手になっても多くは小学校卒業と同時にやめてしまう。続けたとしても、勉強と泳ぐことを天秤にかけて悩むことになる。その後中学の卒業を機にやめ、高校生になって受験勉強が始まったからとやめて行き、卒業時まで残る方が少なく、大学でも続けるというのは余程の覚悟がいる。仲間がいなくなるのは実に寂しい思いがするので、大会に行って聞いたことのある選手名を耳にするのはとても嬉しい。トップに君臨する選手たちが続けているのは当然だが、それ以外にも競技生活を続けている選手は、減ってきたとはいえまだ全国にたくさんいる。水泳競技を引退して、トライアスロンやライフセービングなどに転向する場合もある。水から離れないでいてくれただけでも良かった、と喜んだりする。
新横浜の新幹線ホームからメールを送信する。Kさんは長野の方だった。メールのやり取りが始まる。次に頂いたメールには教会の名前が書いてあった。細君が我が登戸エクレシアキリスト教会がこども伝道でお世話になったことのある教会だと教えてくれた。やはり神様のご計画だったのだ。昔初めて中学生の全国大会に出場した時にも、直前に月刊マサイを読んだ奈良のSさんからメールをいただき、福岡の会場でご夫妻と初顔合わせをした。それ以来お付き合いをさせていただいている。全国大会というのは何か仲間を結び合わせる機会として用いられているようだ。
4日の初日は出番がなかったのでのんびり会場入りをしたためKさんとはお目にかかれなかった。5日は朝一で会場入りをしたが、選手と応援家族でごった返している上、テレビ撮影のクルーもいる。英語の聖句(ヨハネ8:12、エペソ5:1〜2)を書いたTシャツを着ていているので、見つけてもらえるかなと思っていたが、そうは簡単にはいかない。皆がそれらしく見える。マサイは誰彼構わず声をかけられるような性格ではない。
息子さんの大学のTシャツを着た選手が集まるところでやっと声をかける。奥様ともご対面。実に嬉しい瞬間だ。神様がこの機会を与えてくださったと確信をする。細君も一緒に競技開始で一旦お別れするまでのわずかな間に密度の濃い話をすることができた。幼稚園児の頃から泳ぎ始めて、順風満帆な選手生活ではなく好不調の波があったこと、クリスチャン・スイマーの仲間を求めていたことなど、お互い境遇が似ているからこそ分かり合えることが実に多い。保護者としてもそういうことが分かり合える仲間は実に希少で、クリスチャンでその仲間が出来たということはとても心強い。
先に我が息子の出番。多くの方に大きな声援を送っていただき、感謝する。200mフリーは自己ベストまであと1/100秒だったが、良い泳ぎに見えたので安心する。大学対抗なので、独特の雰囲気がある。次いでKさんのご子息の100mバタフライ。筋肉質な見事なアスリート体型をしている。スタート台の上で、パンパンと2度手を叩く動作が息子と同じだったのに驚く。
泳ぎ終わった後、ロビーでゆっくり話をする。楽しい会話になった。保護者の悩み事を共有できるのは嬉しい。ずいぶん昔からの知り合いであるかのように安心して話が出来た。神様に感謝していながらも息子のタイム次第で親の気分が上下することについて、競技会が日曜日に集中することについて、今の生活で良いのだろうかと今までや悩んできたことについて、境遇が同じでなければとても分かり合えないことを分かち合う。親元を離れて寮に入っている子どもの信仰環境について、信仰生活を導くためには、親がどこまで導き、どこから自立を促すのか、保護者の悩みは尽きない。アスリート本人達だけではなく、保護者達もクリスチャン・アスリートのマネジャーとしてのつながりが必要なのだと感じた。
日本は広い。しかしその広い中から、泣く者、喜ぶ者同士を神様が結びつけてくださった。そのことに大感謝。家に帰ってもメールでのやりとりは続く。12月に学生のウィンターカップが相模原市のプールで開かれる時は、長野から応援に来られるという。アスリート同士、その保護者同士、大会の度に仲間が増えていけば良い。アスリートにとっても財産になるだろうし、我々にとっても財産になる。そのことについて日々祈ることにする。

マタイの福音書
11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

詩篇
16:11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

ヨハネの福音書
8:12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」

エペソ人への手紙
5:1 ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。
5:2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。