息子の決心


郡山・福島に出張へ行って帰ってくると、妻が「ちょっとちょっと」と呼ぶ。表情がいつもと違う。息子の方をチラッと見たので、息子にものすごい事があったらしい。話しは昨日の昼食時、妻子の会話から始まる。

2001年5月16日(水)昨日

「ボクは地獄へ行くのかなァ」昼ご飯を食べている時、いきなり息子(義哉・5才・幼稚園年長)が聞いてきた。
どうしてそんな質問をするの?と聞こうと思ったのだけれど、なぜかママはドッキリしながらも冷静に「イエス様を心にお迎えすれば、天国に行くんだよ」と答えた。
すると息子は元気良く「ボクもイエス様を心にお迎えする!」。この時の笑顔が最高の笑顔だった。
「そうか、義哉はイエス様を心にお迎えするんだ」と確認するように言ったら、
「うん、お迎えする」と言う。
「義哉は十字架の意味を知ってる?」と聞くと、
「うん、知ってるよ。僕達皆が死なないように、イエス様が十字架で死んで下さったの。それは僕達を愛しているからなの」と答えた。
妻は、牧師にアドバイスを求めなくてはと思い、早速連絡してその話をする。すると、
「すごいね!面白い事に、僕も6才の時に、同じような入り方をしたね。どうやったら地獄へ行かなくて済むか、っていう質問を親にしたのです。」
「両親が話し合って、もう少し待つべきなのだろうかと迷っていたのだけれど、お父さんが、待つ事はない、今でも充分だと判断して、6才で受け入れた」
「で、その後確認をしておかなければいけない事は何かありますか?」と妻が聞く。
「自分の罪の為に、例えば、お父さんやお母さんの言う事を聞かないとか、嘘をついたとか、そういう事の為にイエス様は十字架で死んだのだ、ということを確認して下さい」と言われる。
「でも、もう受け入れているね。5才でも充分ですね」本当に良かったね、と牧師は喜んでくれた。
「じゃあ今日はパパが出張なのでここまでにしておいて、明日もし義哉が起きているうちにパパが帰ってきたら、3人で時間を取ろう」と妻は思ったという。

5月17日(木)今日

 午後教会で牧師に「昨日イエス様を心にお迎えしたね。おめでとう義哉君」と言われたら、息子は嬉しそうな顔をして「うん!」と答えたという。
福島から
22時頃帰ってくるはずのパパ(マサイ)が、予定が変更になって、何といつもと変わらない19時過ぎに帰って来た。そこで冒頭の「ちょっと、ちょっと」になる。
妻からそのニュースを聞いて心から喜ぶ。大きな祝福を与えられたような思いに包まれる。
3人で手をつないで感謝のお祈りをする。息子はパパとママのお祈りをしっかりと聞いいている。息子の心にイエス様がいると思うととても嬉しい。
今日
5月17日が息子にとっての記念日となった。記念に写真を撮る。息子はパパからお祝いに十字架の入ったブレスレットをもらって喜んでいる。
 息子は寝る前には自分でお祈りをした。イエス様にお願いしたからもう大丈夫、という強い確信も持っている。
我々夫婦が目標としているのは、牧師の両親であるキャサリン&メルビン・ヒューバー夫妻である。上述の6才でも大丈夫だと言ったそのメルビン氏から「どんなにたくさんの人を救っても、自分の子供のうち一人でも救われなければ、それは大失敗だ」と聞いたことがある。

 イエス様からお預かりしている大事な息子を立派にイエス様に返す事が出来たようで、内から感動がこみ上げてくる。イエス様感謝します。本当に有難うございます。ハレルヤ!

 息子と祈ってうるうるきていた今のママの気持ちは、詩篇にある通り。

119:165 あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません。

103:1 わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

103:2 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。

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