「ローマ史を読む」


9月13日の夜、BSで、ローマ街道物語 全長15万キロ〜街道の起点ローマ編というのをやっていた。シリーズ物の一回目で、漫画テルマエ・ロマエの作者が案内人で、映画で主人公を演じた俳優が語りをやっていた。マサイは滅多にテレビを見ないのだが、たまたまつけた時にやっていた番組で、そのままついつい見てしまった。見始めて間もなく、突然イエス様や使徒と同時代のローマについて知りたくなり、番組の最中にローマ史の本をWEB検索して、読みやすそうな文庫と新書を注文してしまった。時を同じくしてローマ人の物語の作者と俳優がローマを案内する番組もBSであった。偶然は重なるもので、地上波の局でもローマを放映していた。で、これはどうしてもということになり、通勤電車の中でローマの歴史を読み始める。
ローマは古代に起こり、近隣に版図を広げ、栄華を誇り、東西に分割統治した後、西が滅び、ビザンツ帝国として命脈を保っていた東ローマ帝国もやがて滅び、その歴史が終わり、新たなルネッサンス、中世という歴史が始まる。一度完結し、復興を果たすというモデルが人々の興味をそそるのかもしれない。イタリアという国は実に興味深い。
この帝国の発祥は確かにローマであるが、その後のローマはイコール現代のイタリア半島ではない。ローマ帝国の最大版図は117年トラヤヌス帝の頃、北は現代のイギリスの南半分から、フランス、ベルギー、オランダ、スイス、オーストリア、旧ユーゴスラビア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャン、イラク、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、ポルトガル、スペインにわたっている。地中海沿岸から黒海まで、通信網がろくにない時代にもかかわらず版図は広大である。
最初は人の名前に馴染みがないのでノートに系図を書きながら読んでいた。読む前には聖書に出てくる名前以外、シーザーやアントニウスくらいしか知らなかったが、パスク・ロマーナの黄金期を支えたと言われる五賢帝など、他にも興味深い人物が大勢登場する。その中には特徴的な三悪帝の一人として暴君ネロも登場する。
早くから独裁を防ぐ社会機構作りをしたというのは素晴らしいと思うが、不倫、奸計、謀略、殺人の繰り返しの歴史である。共和制、元老院、執政官、独裁官、強力な軍隊、パトリキ(旧貴族)とノビリタリス(新貴族)、同盟市と属州、ローマ市民権、キリスト教の弾圧と国教化が、ローマ古代のキーワードになる。
ユダヤはローマの属州だった。属州は徴税も、派遣された役人が現地で個人的に雇った「徴税請負人」に行わせていた。国家は徴税経費の負担がなかった代わりに、役人が求める以上の徴税を行うことを黙認していた。例えば、10万の税金が見込める場合、国家はきちんと10万を中央に納めてくれれば、現地の役人が徴税請負人に12万徴税させて差額の2万を自分のものにしたとしても黙認した。福音書を書いたマタイやイエス様を見るためにいちじく桑の木に登っていたザアカイはそういう徴税請負人だった。
また、パウロは生まれながらにしてローマ市民権を持っていた。ローマ市民権を持つということは、特権もあったが、ローマ兵として従軍することと、納税によって戦費を負担することを意味した。パウロがどのようにして市民権を持つに至ったかは分からないが、ローマでは、身分は母親の身分が受け継がれるのが基本だった。両親がともにローマ市民であればもちろん、たとえ父親がローマ市民でなくても母親がローマ市民であれば、生まれた子どもにはローマ市民権が与えられた。その他、戦争で勝ち取った植民地に住む人にも国民の証としてこの市民権が与えられている。
新約聖書の時代はどういう社会だったのか、どういうことを考えていたか、ユダヤ人は時代の中でどういう状況に置かれていたのかが分かって、聖書を読む時の印象が違ってきた。実に読んで良かったと思っている。他国の歴史は二冊読んで全てが分かるほど簡単なものではないが、もっと深めていけば当時のユダヤが見えてくるのではないか、新約聖書の御言葉がより分かりやすくなるのではないかと期待している。全ての道は聖書に通ず、感謝します。


使徒のはたらき
23:11 その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と言われた。

ローマ人への手紙
11:33 ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
11:34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。
11:35 また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
11:36 というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。