「25周年」


登戸エクレシアキリスト教会の始まりについては、細君が神学校に提出した「私の教会の歴史」というレポートに詳しい。1987年4月、ティム・ポール・ヒューバー師がブラジル・サンタレンから宣教師として単身来日、開拓開始とある。そして1989年9月24日16時半より、登戸ホームチャーチという名称のもとに第一回礼拝開始。礼拝メッセージは「礼拝とは何か」。11月23日第一回洗礼式と続く。
最初の礼拝をもって教会創立の記念日とするなら、今年の9月24日が教会創立25周年となる。ヒューバー牧師の誕生日が10月25日なのだが、この日付が頭の中に残ってしまっていて、正確な創立記念日に合わせて書こうと思っていたものがひと月遅れてしまった。この教会も四半世紀の歴史を刻んできた。細君は創立の時から関わっている。アメリカ留学時代にヒューバー牧師に会っているので、実に創立のはるか前からの縁になる。開拓を開始したのは、ヒューバー牧師が住んでいた登戸の民間アパートの一室だった。
マサイが初めてこの教会の行事に参加したのは、1989年12月24日のクリスマス会だった。積もらなかったが雪の舞うクリスマスイブで、建て替え前の多摩市民館、ゲストスピーカーがアーサー・ホーランド氏だった。教会創立後3ヶ月、スタッフが実に楽しそうに生き生きとしていて、手作り感いっぱいのクリスマス会だった。
その年の大晦日、ヒューバー牧師のアパートに招待してもらった。2階建てのアパートの1階真ん中辺りで、入口に洗濯機があって、入るとキッチン、右手にバス、トイレと並び、奥に6畳の和室がある。その午後、スナップ写真を見せてくれて、いろいろブラジルの話を聞かせてくれた。伝道の話というより、2人でいろいろ楽しく喋っていた。夕方から人数が増えてきた。揃ったところでニューイヤーイブ礼拝「イエス・キリストはすぐに再び来る」が始まった。こたつをぐるりと囲んで、入りきらない人も確かいた。賛美は生ギター1本。ヒューバー牧師を中心に若い人が多かったように記憶する。
このアパートには行くたびに人が変わって誰かがいる。いろいろな人の面倒を見ていたのだが、狭い空間なので、ヒューバー牧師にとってはプライベートな空間もない。このアパートでは土曜日の夕方から英語聖書勉強会をやっていた。一品持ち寄りで、勉強会が終わると食事会となる。仕事を終えて、駅前で果物を買って、急いで行った覚えがある。
このアパートには、ヒューバー牧師のご両親や家族を迎える準備をしたこと(6畳の和室にWelcomeの飾りつけをした)、皆で食事会をするのにテーブルがないので、収納の引き戸を外してテーブル代わりにしたこと、結婚の報告へ行ったこと、などなど、青春のひとコマ的な思い出がたくさんある。
礼拝を木造アパートで行っていた故の騒音問題が起こってきたため、1990年11月に移転するまで、ここが教会堂がわりだった。大伽藍がなくても、祝福された、みんなに愛された立派な教会堂だった。
まだこのアパートは近所にあるので、近くを通るたびに懐かしく思い出す。その度にヒューバー牧師には苦労をかけたなぁと頭が下がる思いである。感謝しています。25年、ここから祝福が溢れ出して今があるのだが、神様のご計画の素晴らしさに感動するばかりである。
次にこういう文章を書くのは50周年の時だろうか。ヒューバー牧師は84才になる。神様の祝福の大きさを思って今から楽しみである。

使徒の働き
2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。
2:42 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。
2:43 そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた。
2:44 信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。
2:45 そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。
2:46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
2:47 神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。

マタイの福音書
28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」