「卒業おめでとう」


また親としてやってあげられることが一つ減った。3月1日、息子の高校の卒業式に出席してそう思った。大学に入れば寮生活になって親の手元から巣立って自立していく事になるので、この高校卒業式が大きな節目になる。つい先日同じ会場に座って、入学式の校長先生の挨拶に感動したばかりだというのに、今日はもう最後の日となった。
雨が降っていて、おまけによりによってこの朝ギックリ腰になった。軽いものだったが、歯を磨いていた時に急に腰に違和感が走り、だんだん痛みが出てきて、腰が真っ直ぐに伸びなくなった。今まで緊張して乗り終えてきた大きなものが終わっていくのを体が感じているのかもしれない。水泳も4月からは大学の名前での大会参加になるので、明日でスイミングクラブのレギュラーメンバーとして出る大会も最後になる。高校3年生も後半になってから、これで最後というのをいろいろ数えてきたが、この週末でそれも全て終わる。
息子は先月自動車運転免許をとった。運転試験場のテスト結果が分かった後、ラインで「受かりました」と連絡をくれた。細君とおめでとうの返答をすると、「送迎や金額等々ありがとうございました」という返事が来た。しっかりお礼を言ってきた息子を褒めると同時に、子どもから改まってお礼を言われたことにジーンときた。
式の朝、いつものように息子を送り出す。我が家から私鉄の駅までは2km強ある。1年生の時は駅まで自転車で行って、電車で通学していた。2年生の時はそのまま学校まで片道9km弱を自転車通学。そして3年生になってからは駅までの2km強を歩き、そこから電車通学をしていた。幼稚園の頃から毎朝必ず見送って来たのだが、それも最後になった。
良い卒業式だった。校長先生もこの年度で最後になるという。良い校長先生、良い担任、良いクラスメイトに恵まれた。中学の時に祈って導かれた高校である。同じクラスのどの親御さんの話を聞いても、子どもたちは学校行くのがとにかく楽しいと言っていたらしい。良い仲間に恵まれたのは、神様の大きな祝福だ。それは毎日神様に祈り続けたので、祈りの答えでもあった。
そして3年間皆勤賞というのももらった。毎日学校へ行くというのは生徒として当たり前なことだし、毎日学校へ行かれるように体調管理をしておくのも息子のような運動選手には当然の義務であると思う。当たり前のことを当たり前のようにやっただけなのだが、こうやって賞をもらえるのはとても嬉しい。サポートで大変だったのは細君なのだが、それを学校も分かっているのか、皆勤賞紹介の時は生徒ばかりではなく、保護者も起立するよう案内があった。有難い栄光を共有させてもらった。
マサイは吹奏楽部による最後のほたる光の演奏を聴いていた時に感慨深い気分でいた。楽しかっただろうが、大きなプレッシャーの中、大変な思いをしてきたであろうに、くさらず、泣き言も言わず、よく頑張ったなと感心して涙腺が緩んでいた。神様がこの学校へ導いてくれたのだから、きっとそこには神様のご計画があるに違いないと祈り続けてきた。厳しい条件下で一生懸命やってきた姿を見ていた後輩からもらった寄せ書きには感動という言葉があった。神様の大きな祝福があったことに感謝する。
細君はやりきった感があって、息子を誇らしいと思う気持ちが大きく、感動に満たされていたという。そう実によくやってくれた。親の、特に母親のサポートなしではとてもスポーツ選手はやっていかれない。
子どもたちが教室に帰って最後の挨拶をしているのを、保護者が廊下でカメラやビデオを手にして重なり合うようにして聞いている。息子のクラスは他のクラスよりはるかにこの人数が多い。このクラスの保護者はそれぞれの生徒のファン第一号であるので、子どもたちの一挙手一投足に夢中である。それだけ愛されて育って来たのだ。
最後の挨拶は緊張するから親は入れないでくれと子どもたちから担任に話しがあったようだが、親が我慢しきれずに最後はなだれ込んだ。卒業アルバムに一言ずつ書くことの邪魔になってしまったが、どの親も子どもと時間を共有できて嬉しそうだった。
クラスの中で記念撮影などして実に賑やかだった。親たちもこうして子どもと共有できる時間がこれで最後になると分かっているようだった。いつまでも楽しい時間は終わりそうもなかった。過ぎた3年間の感傷に浸る者もなく、来月から始まる大学やプロという新しい活躍の世界への希望に溢れていた。羨ましいほどの眩しい輝きだった。
最後は雨が上がった中庭で時間を過ごして学校を後にしたようだ。神様、この学校で3年間を過ごせたことに感謝します。これからもこの青年たちを守り導き助けてください。この3年間の祝福に心より感謝します。

ゼパニヤ書
3:17 あなたの神、【主】は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。

ハバクク書
3:18 しかし、私は【主】にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。
3:19 私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。