「懐かしい人に会ったような」


 タンスの上に写真立てをたくさん飾ってある。息子がほんの小さい時の写真、結婚式の写真、結婚式の為の衣装合わせの時に撮った細君の写真などなど。見るたびに若いなぁと思う。その中で一番古い写真が、細君と初の2ショット。1989年8月19日(土)ケニヤからの帰り、エアインディア308便の機内で撮ったもの。カルカッタかデリーで止まった時に、機内で写してもらったのだが、2人共まだ20代だ。にこやかに笑っている。

創世記
2:20 人はすべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけた。しかし人には、ふさわしい助け手が見つからなかった。
2:21 神である【主】は深い眠りをその人に下されたので、彼は眠った。そして、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。
2:22 神である【主】は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。
2:23 人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」
2:24 それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。

 インドのボンベイ経由でケニアのナイロビに入り、2つの国立公園をサファリカーで巡って、9日間でいろいろな野生動物を見てきた。とても貴重な体験だった。細君は異文化の地でてきぱきと皆を導き、とても楽しい旅にしてくれた。そんな素敵な添乗員さんと何度か一緒に並んで写真を撮ってもらおうとしたのだが、現地ではかなわず、最後に飛行機の中でやっと実現した。
 細君がタンスの上の写真を見て、よくこれで一目惚れをしたね、という。もう何度目かだが、つい先日もまた言った。細君はこのツアーに出かける前に、たまには当時住んでいた吉祥寺の近場で、と初めての美容院に行った。アフリカに行くから毎日のセットが簡単なようにパーマをかけたのだが、完全に爆発した。手がつけられない状態になったので、一番硬いデップでカチンカチンに固めていた。洋服も縫い目に土が入って洗濯しても落なくなるからと先輩に言われて、現地で捨てて帰ってこられるようなものを着ていた。もっと髪の毛がちゃんとした時に、おしゃれでもしているのを見て好きになったのならともかく、と思っているらしい。しかしマサイはそんな姿の影からこっちを見ていた可愛い細君を見抜いたのだ、と答える。実際そうなのだ。
 このツアーに参加するまでにはいろいろなことが2人にあった。実は旅行カタログを見てケニア行くことに決めた後に、ライオンに食い殺された夢を見た。マサイが食われたのか、他の人が食われるところを見ていて泣いていたのか、両方だったような気がする。色つきの夢など見たことがなかったのだが、ライオンが一心不乱に肉を食いちぎっているシーンでは血の色がはっきり分かったからカラーだったのだろう。で、怖いからやめようと、別の行き先を探すことにした。前年エジプトへ行ったので、ギリシャ行きで落ち着いたと記憶する。
 しかし申し込みをする段になって、やはりケニアに行きたくて、行き先を元に戻した。話はここで終わらなくて、実は同じケニアでも、最初は別のツアーに申し込んでいた。ところがそのツアーに、ある会社の人達が団体で申し込みを入れた。これではその会社の人たちの中に一人で入るような格好になる。それでは可哀そうだと旅行会社の人が気を利かせて同じ時期に出発するケニア行きの別ツアーを勧めてくれた。それで「ジャンボ・アフリカ9日間」という細君が添乗するツアーに参加することになった。
 一方細君はヨーロッパを主に回っていた時代で、アフリカへは南回りで飛行時間も長いし、何本も注射をしないと行かれないので行きたくなかった。その時に貴重な機会だから行った方が良い、と勧めてくれたのが登戸エクレシアキリスト教会のティム・ヒューバー牧師だった。  こうして2人は成田空港で出会うことになる。神様の意思が働いていたとしか思えないような出会いであった。
 毎年8月になると初めて会った日のことを思い出す。今では何枚もの2ショット写真がある。細君はマサイが見抜いた以上に素晴らしい女性だったので、今でも日々細君のことがますます好きになっている。本来銀婚式の結婚25周年でこの話を書こうと思っていたのだが、出会って24周年の夏に書いてしまった。

箴言
18:22 良い妻を見つける者はしあわせを見つけ、【主】からの恵みをいただく。