「主は心を見る」


 社員採用面接に立ち会った。欠員募集であるので、募集人数は1人である。それに600を越す申し込みがあった。今のやり方はマサイが就職活動をしていた時のようなものではなくて、インターネットを使ったものである。求人サイトに募集をかけると、それを見た人がWEB上で申し込みをしてくる。この段階で本来の募集要項にある年齢や条件をクリアしていない人がいるのでまずふるいにかける。ある程度絞った後、履歴書に当たるエントリーシートを送ってもらう。写真付きの学歴や資格、志望動機を書くものだ。このエントリーシートを見ながらさらに絞り込む。今回は40人まで厳選して、実際に入社試験に来てもらうことにした。
 面接官は社員が業務の傍ら、土日に出てきて当たるのだが、受ける方は何度も経験をしていても、する方は初めてというケースが多い。そこで事前に専門家に、面接官の心得を講義してもらった。今までの職歴やなぜ転職を考えるに至ったか、今回の志望動機というのは、どこの入社面接でも聞かれる基本事項なので、受ける側も原稿を考えていて、それはもうスラスラと答えてくるという。今回は新卒募集ではなくて、転職希望の人が大半なので、そのあたりも慣れているかもしれない。パソコンスキルとか、転勤の可能性があるが、大丈夫かとか、基本的なことは誰でも聞ける。緊張している相手にいかに喋らせるか、自己を表現させるか、言葉の奥に潜んでいるその人の生の声を引き出すのが面接官の腕であるという。

ルカの福音書
6:45 良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜなら人の口は、心に満ちているものを話すからです。

 これから一緒に長く働いていくことになる人であるから真剣に選びたいが、もしその人が酒を飲むと暴れる、幼少年に異常な感情を持った人であるかどうかはどうやって見分けるのだろう。一旦雇ってしまうと、問題が発生した場合企業の責任にもなる。犯罪履歴は最近のネット社会であるので、個人名をWEBで検索すると大抵は出てくるという。その予備軍を30分の会話の中で選び出すのは出来るだろうか。月刊マサイ45号にも初めて面接官になった時のことを書いたが、当時より考えることが多くなっている。
土日の2日間で入社試験をした。この一次試験を通過するのは10人。25%の確立だ。筆記試験で学科と適性検査もする。面接は一人約30分、聞けば答える人、とうとうと自己PRする人、今の仕事はある程度満足しているが良い会社があれば転職をしたいと思っていたという人、リストラされて明日からでもここで働きたいと訴える人、各人いろいろな人生があった。

サムエル記第一
16:7 しかし【主】はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、【主】は心を見る。」

 2日間の日程が終わったところで、面接に携わった全員で2次試験に来てもらう10人を選び出した。面接官各人の見方が違って面白い意見の交換であった。この人はそういう鋭い見方ができるのか、と見直した人もいた。面接官にとっても良い訓練の場であったようだ。受験者の今を見て、将来を考え、社内でのバランスを考え、などして判断していくのだが、その人にとっては人生がかかっていることだし、企業としてもこれから多大な人件費をその人に投資していくことになる。双方ともに大きな問題であるのだ。
人が人を選ぶのは難しい。選ぶ側も神様に祈り続けないと正確な判断は出来ない。公正な判断ができるようにと祈る。イエス様ならどうするのだろうかと自問自答しながら考えていた。

詩篇
37:3 【主】に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。
37:4 【主】をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
37:5 あなたの道を【主】にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
37:6 主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。

 採用されるのはたったの一人。残りの人たちは、今ここでこんなに、この会社にどうしても入りたい、と熱弁を振るったのに、後日別の会社で同じように熱弁を振るうのだろう。そして無事に転職を終えるまでに何度そういうことが繰り返えされるのだろう。できれば皆が満足して働ける職場を見つけて欲しいと祈る。2日間面接してみて、酒を飲むと暴れそうな人や、危なそうに人はいなかったように思う。
 受け答えを聞きながら、我が息子も4年後くらいには(最近は就活が大学の最終学年ではないので、もっと前になるか)、こういう面接を受けることになるのか、と考える。その図を想像してみて、一生懸命志望しているのをはねるなどもってのほかだと、親としては考えた。