力いっぱい応援をする


多摩川の土手を走っていると、川沿いにある野球場で試合をしている。大人がユニフォームを着てやっているのだが、日曜日は随分早くからやっている。走りながらついつい目が行く。自転車で通りがかった人が立ち止まって見ていたり、明らかにチームとは関係のなさそうな人が土手に座って見ていたりする。ほほえましい光景でマサイはとても好きだ。

マサイは息子に今迄いろいろやらせてきたつもりなのだが、唯一心残りは、野球の試合をどんな形であれ7回の表裏、もしくは9回までやらせてあげられなかったこと。キャッチボールはよく2人でやった。打たせれば、豪快にボールを飛ばす。しかしチームの一員として、ちゃんと守って打っての試合の面白さを味合わせてやれなかった。ユニフォームを着て活躍する姿を親として見たかったのかもしれない。まあこれからもやる機会はあると思うので、その時は応援をしに行きたい。

この夏、息子の高校が全国高校野球選手権大会(いわゆる夏の甲子園である)に神奈川県代表で出場した。マサイは母校を全国大会で応援するということを味わったことがない。甲子園球場にも行ったことがない。肝心な息子はインターハイで新潟に行っているのだが、こんな機会でなければ行かれないし、一度は行ってみたいと思っていたので、細君と2人、応援に行くことにした。

学校から案内が来ていたので、4時起きで日帰り応援に出かけた。お揃いの青い応援Tシャツが行きの新幹線の中からたくさんいた。試合開始予定は10時半だが、9時半頃には甲子園球場に着いた。空は青く暑い一日で、1塁側アルプススタンドでやっと見つけた席に座るなり、汗が滴り落ちてきた。応援の在校生がたくさんいる。当然皆神奈川県からやってきているのだろう。第一回戦は、バス9台で学校を出発したと聞いた。ブラスバンドの応援も暑い中大変だ。しかし一生懸命母校の応援をしている姿は実に楽しそうだ。

レギュラーの約半分は息子と同じクラスの子だ。高校球児をこれほど身近に感じたことはない。我が子のようで実に可愛い。応援に余計力が入る。テレビと違って、全員の動きが広くいろいろ見えるのは面白い。高校野球の聖地である甲子園に自分がいることにも感動している。

しかし9回は長い。表裏あるし、試合は2時間以上になる。その間中応援は続く。前から応援の指示が出る。打者の名前、応援の曲名。それに合わせて攻撃の時は立ち上がって大きな声を出す。スタンドが一体になって選手を励ます。選手とも一体となって、一緒に戦っている気持ちになるので、応援をしている側もとても楽しい。球場は広いが、選手一人ひとりに届くほど盛大な応援だ。選手の励みや、奮起につながれば、と応援に熱も入る。

全国大会という華やいだ雰囲気の中で、何万という観衆に自分の子どもが見守られているというのは親としてどういう気持ちだろう。親はいくら心配をしてもグランドへは入って行かれない。マサイがいつもプールのスタンドで感じているのと同じことを感じているのだろうか。グラウンドは親ですら不可侵の息子の世界。どんな危機でも、息子自身が、乗り越えて行かなければならない。ここまできたら、親の出来ることは応援で選手を励ますことしかない。「いっけー、行け、行け!」と声を大にする。

この日の試合は勝った。応援団は余韻を味わう暇もなく、次の応援団と交代しなければいけない。誘導されるままに、アルプススタンドから降り、球場から出る。外にも日差しが容赦なく照りつけていた。ここでやっとしばらく余韻に浸ることができた。楽しかった。勝ったこともそうなのだが、皆と一体となって、選手を励まし、応援出来た事が実に嬉しかった。良い経験をさせてもらった。

選手たちは疲れているだろうに、早翌日にもう次の試合があるという。マサイも余裕があれば一泊して次の試合も応援したかった。

ピリピ人への手紙2:1,2
こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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