私たちの願う事


 高校二年生になった息子が、5月の連休前に「第一志望校宣誓書」というのを貰って来た。この前高校に入ってほっとしていたのに、もう次の進学先である大学をどうするのか、という書類である。

志望校名と学部・学科・コース、志望理由、今後の学習目標と具体的な学習方法を書いて提出する。宣誓したからには、それに向かって一層奮闘努力せよ、という事だろう。いろいろ検討できるように、分厚い大学案内の冊子も一緒に貰って来た。

2年前、同じく分厚い高校案内の冊子に付箋を付けながら、じっくり読んでいた。どんな高校があるかも知らない息子の代わりに検討していたのだが、大学は自分が将来やりたいことと直結して来るので、親があれこれ口を出すわけにはいかないと思っている。まず色々息子の意見を引き出すように聞いてみた。

昔はスポーツ科学などに興味があったようだが、この学科がある大学は少なく、将来の仕事が限定されてくるので、別なことを考え始めたようだ。

一年生の時、情報という授業の中で、企業インターンという設定のもとに、自分たちでオリジナル商品を考案した。4か月に渡った作業の終わりに、パワーポイントで作ったものを、プロジェクタを使ってプレゼンした。4人ひと組で仕上げたのだが、15クラスの中で優秀グループ8チームによる発表が放課後行われた。その8チーム中、先頭を切って発表したのが息子のチーム。そんなところに面白さを発見して、考えが変わって来たのかもしれない。

学校でもいろいろ指導してくれているので、だんだん自分を取り巻く狭い世界以外に、世の中に何があるかが分かって来たようで、選択肢が広がって来た。この学部を出ると、どういう仕事に就く人が多いのか、ということを聞かれるようになった。昔と違って、最近の学部学科は、実に多岐に分かれている。マサイの母校も、在学当時からすると、2学部9学科増えた。単純に増えたものと、細分化されたものがあるのだが、細分化された方は、昔ならゼミだったものが学科に発展したような印象を受ける。

息子の将来が少しずつ見えてくるようで、一緒になって考えている時間はとても楽しい。残念ながら、マサイの出た文学部は全く選択の範疇にないらしい。余程文学に興味があるというのでなければ、親も勧めるつもりはないが、マサイの場合、文学にどっぷりと浸たり始めたのは、まさに息子の年からだった。今は、そういう事が見つかる時期であるのだ。

「可能性を示すのは親、選択は子」と読んだものの中にあった、と細君が教えてくれた。高校を卒業した後は、もう子どもの人生として大切にしてあげたいし、そうであるなら、親はここの大学に行った方が良いとか、ここの学部にしなさい、など、支配してはいけない、という。

ただ何であれ、興味のある学問を、ひたすら掘り下げて考える時間を持ってほしいと思う。大学4年間で学んだ事は、一生の財産になる。仕事に直結しないまでも、学んだ多くのことは楽しかったし、他の学部に行けば良かったという後悔は今でも一切ない。

大学は、神様の御心にかなった、息子に最適の、そこで楽しく学べる進学先を示して下さい、と祈ることにする。親の出来る大切な事は祈ることである、と高校受験で学んだので、毎日そう祈っている。

ヨハネの手紙第一 5:14,15
何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。
私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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