顔を上げて前を向こう


去年11月から通勤経路が変わった。長年慣れ親しんだ小田急線に別れを告げて、南武線から武蔵小杉乗り換えで横須賀線を利用している。定期が一枚になって便利になったし、車内はすいているので喜んでいる。ただ横須賀線は小田急線より揺れが激しい。

武蔵小杉駅では乗り換えで随分歩く。エスカレーターや動く歩道があるのだが、長い距離を大勢の乗客が次の乗り換え線に向かって、ものすごいスピードで移動して行く。

ところがこの乗り換えが渋滞することがある。頭の位置を見ていると分かるのだが、渋滞の元になる人に限って、下を向いて歩いている。大概は携帯電話やハンディタイプの小型ゲーム機をいじりながら歩いているのだ。中にはスマートフォンで映像を見ながら歩いている人もいる。自分では流れに乗って歩いているつもりなのだろうが、実はそうなっていない。神経は手元に集中しているので、視界が極端に狭い。逆に皆にぶつかられながら、良く操作できるものだと感心してしまう。歩く時は前を向いて歩きましょう。

前を向いて、で気付いた。我が家から駅までは、坂道を下って行く。坂道の上の方に県立高校があるので、朝その生徒達とすれ違う。この生徒達の大半が下を向いて歩いている。きついほどの坂道でもないのに(マサイにとって)、下を向いているものだから、よくぶつかりそうになる。つま先しか見えていないような頭の角度である。視界はとても狭い。すれ違う直前にやっと気づいて顔を上げる。耳に音楽プレーヤーのヘッドフォンが入っている場合は、もっと始末が悪い。前方から近づいて行っても全く気付かない。人に顔を見られるのが嫌なのではないかと思うほどだ。

創世記  4:6
そこで、【主】は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。

坂だからかと思っていたら、平地でも同じ。下を向いて歩くので、姿勢が悪く、猫背になっている。そんなに学校へ行くのが辛いのかと疑いたくなる。

昔、下を向いて歩くことの利点を主張した人がいる。息子の小学校低学年の時の担任だ。お金が落ちているかもしれないから下を向いて歩くのだと、笑い話に言っていた。実に面白い人だった。

でもやはり歩く時は顔を上げて、前を向いて歩こう。そうすれば視界は各段に広くなるし、遠くまで見える。障害物がいつ何時現れても避けることができるし、落ちているお金も、もっと前から見つける事が出来る。姿勢も良くなる。正面が見えないほど上を向いて歩く必要はない。頭を上げて、進む方向へ顔を向けて歩くこと、これが大切。

サーフィン(ロングボード)では進みたい方向に顔を向けていれば、自ずと3m近い長いボードがそちらの方を向いて進んでくれる。それをしないと、なかなか行きたい方へ進めない。そういえば最初にハワイでサーフィンを教わった時も、ボードの上に立った後は、「足元を見るな、顔を上げて前のビーチを見ろ」と言われた。

またジョギングしている時も、辛いとついつい視線が下がりがちになる。そうなると却って姿勢が悪くなり、疲れるもとになる。無理にでも背筋を伸ばして進む方向を見ながら走っていた方が、気持ちがしっかりするし、疲れない。

ヨブ記 22:26
そのとき、あなたは全能者をあなたの喜びとし、神に向かってあなたの顔を上げる。


いつも顔を上げて、前を向いて歩きましょうよ。きっと神様に感謝することがたくさん見つかるはずだから。

 

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
戻る