おあがり


まだ着られる服等を年下の子などに着てもらう場合は、お下がりという。これを逆に年上の人に来てもらう場合は、おあがり、というらしい。辞書で調べてみると、お下がりは出てくるが、この意味でのおあがりは出てこない。まだ市民権を得ていない言葉らしい。

小さい頃からそうだが、息子が大きくなるスピードが早いので、着るものはまだ悪くならないうちに着られなくなってしまう。実にもったいないのだが、マサイには小さくて着られない。そこで今迄は細君がもっぱら息子のお上がりを着ていた。男物ながら、家の中で来る分には良い。ダウンジャケットなどは男の子デザインで可愛そうなのだが、もったいないので、着て貰っている。

最近また大きくなった。水泳をやっている高校一年生の息子は、競技特有の見事な体型で、いわゆる逆三角形。肩幅に合わせて上着のサイズを選ぶと、LLとかOというサイズになる。締まって割れているお腹にかけて、くっと細くなるのだが、お腹にサイズを合わせると、肩は絶対に入らない。Lサイズを来ていた時期は短く、急にLLになった。

息子はそれまではマサイのお古をよく着ていた。一人っ子なのだが新しいものを欲しがることもなく、嫌がらずに着てくれていた。かえって気に入って着ていたものもあった。それももう着られない。そこで買い換えているのだが、LLというサイズは店にも数が少ない。さすがに男物のLサイズは、おあがりになっても、細君には大き過ぎる。

最近朝晩急に寒くなってきた。まだ夏服と冬服の入れ替えをやっていないので、マサイの長袖ものはしまったままである。何か代用になるものを、と探しているうちに、衣装ダンスの中に息子の着られなくなったLサイズの長袖シャツを見つけた。着てみると丁度良い。ものは悪くなっていないし、デザインが若向きなので、格好も良い。マサイが着ることにした。いよいよおあがりがマサイに回ってきたという訳だ。

息子は今月1日で16歳になった。パパとママからはプレゼントと一緒にバースデーカードを送ったのだが、細君は16年前のサイズを書いていた。身長51.4cm、体重3,284g。出産予定日、細君のお腹の中が心地良かったらしく、産まれる気配がなかった。なかなか降りてこないので、朝からマサイと手をつないで病院の階段を上ったり降りたりを繰り返していた。その効果があってか、夕方の17時1分、無事に産まれてきてくれた。マサイは出産に立ち会ったので、今でもあの時の光景は良く覚えている。神様に、細君に、感謝した。また息子にも生まれてきてくれて有難うと感謝をした瞬間だった。

そんな息子のものを着るようになったというのは感慨深いものがある。マサイはランニングを続けている効果か、上半身が痩せてきて、Lサイズでも余裕がある。身長もだんだん追いつかれてきている。夏頃から頭の位置が変わらなくなくなってきた。あとちょっとで追い抜かれる。もう5cmも差がないくらいだ。足のサイズは一足先に追い抜かれている。それまでマサイのお下がりのランニングシューズをはいていたのだが、きついと言って、最近29cmのものに買い換えた。

大きくなって欲しいと日々祈っているので、いつかは必ず追い越していくであろうと思ってはいたが、いよいよその時が来たようだ。次は息子を見上げるようになるのだろう。祈りの答えに感謝する。

子どもの成長は嬉しいものだ。きっと神様は同じように我々の成長を見守っていてくださるのだろう。そして同じように喜んでくれる。神様は遠くからではなく、今日も間近で見守っていて下さる。そこに愛を感じます。感謝します。

コリント人への手紙第一 3:7
それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。

ペテロの手紙第二 3:18
私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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